『一人の悪に依(よ)りて、萬人(ばんにん)苦しむ事あり。

しかるに、一人の悪をころして萬人をいかす

是等(これら)誠に、人をころす刀は、人をいかす剣(つるぎ)なるべきにや…』



魔性の傷跡 第8話 『禁じられた手』

魔性の傷跡
第8話 『禁じられた手』


【登場人物】♂4♀1 もしくは♂3♀2

ルティア+ナレーター(21歳)♀:至高の美女 いつも悲しげな表情をしている。
ラセル  (26歳)♂:ディルス国の若き王。
カザック (48歳)♂:ディルス国の宰相。
レイス (20歳)♂or♀:クラリオンに養子に出されたラセルのいとこ
ファスター(?歳)♂:魔性。東の「主」

【役表】
ルティア+ナレーター♀:
ラセル♂:
カザック ♂:
レイス ♂or♀:
ファスター♂:
 

ナレーター「ディルス城に現れた東の主の目的は、ラセル王であった。
     
      レイスは防御結界を急ぎ施したが、完成まで時間がかかっている。

      城内の人間を虐殺しはじめた東の主を止める為、結界から出たカザック。

      圧倒的力の差を知りながら決死の覚悟を決めたその胸は、

      ベルサスの願いを秘めていた。」


カザック「(斬りかかる)うおおおおおお!」

ファスター「(ギリギリでかわす)うわっ!」

カザック「(さらに攻撃)はぁあっ!」

ファスター「(避けながら)おおっ!やる!ね!さっきと、全然違う!」

カザック「ぅああああああああ!」

ファスター「重さも!速さも!すごくいいよ!」

カザック「はははっ…あははははは!」

ファスター「楽しいね!殺しあうのって楽しいねぇ!」

カザック「はははは!」

ラセル「なんだあれは…あんなカザック、見たことがない…」

ルティア「片目を失って、どうしてあんな勢いが…」

レイス「狂戦士(バーサーカー)…」

ルティア「なんですか?」

レイス「軍神オーディンの神通力をうけ、危急(ききゅう)の際に忘我(ぼうが)状態となり
   
    鬼神(きしん)の如く戦う者…でもあれは、一種の魔術だよ。」

ルティア「鬼神(きしん)…ラセルのお父様と同じ…」

ラセル「魔術だと…何故カザックが魔術を使える!」

レイス「…無意識に使ってるんだ。精神が何かに強烈に集中してる。でもあんな使い方…駄目だ…」


カザック「はぁあああ…」

ファスター「すごい…どんどん強くなる…気持ちいいなぁ…」

カザック「…この…命…今この瞬間に燃え尽きて、構わぬ…」

ファスター「いい…すごくいい…君の命…もっと見せておくれよ!(棍を地面に突き刺す)」

カザック「(床板大地が深く円形に吹き飛ぶ)ぐ…あああああっ!」

ラセル「カザック!」


ルティア「カザックさん!」


(爆風が辺りを包む)

レイス「なんて…力…」

ルティア「レイスさんの結界がなければ…この辺り一帯どうなってたか…」


(爆風がおさまる)

カザック「(口の中の砂利を吐く)」


ファスター「体中血塗(まみ)れだねぇおじさん。もうボロボロじゃないか。

      片目を失っては距離感だって掴めないだろう?そんなになってまで、戦う理由ってあるの?」

カザック「この…国のため…」

ファスター「ふぅん…死にたがりか。」

カザック「死など…望んでない…ただ…ここで全身全霊をかけて戦わねば…

     …私は…生きている意味が、ない!(攻撃)」

ファスター「(止める)全身全霊!恐ろしい言葉だねぇ。」

カザック「ぐっ……まだ…まだだ…私の力は、まだ残っている!」

ファスター「力比べかい?いいよ!ほら、君の全てを振り絞ってごらんよ!」

カザック「(力を振り絞る)ぬおおおおおおおおお!」

レイス「カザック駄目だ!!」

ラセル「何!?」

レイス「魔術の出し方が無茶苦茶なんだよ!あんな引き出し方してたら…体がもたない…」

ルティア「カザックさんの汗に…血が、にじんでる…」

ラセル「レイス!結界はまだか…まだ完成しないのか!」

レイス「もう少し…シセルドに一瞬で消されたんだ。

    完璧なモノにしたって自信がないくらいなんだよ。もう少し待って…」

ラセル「もう途中で構わん!カザックを助けて、出来るだけ遠くへ行くぞ!」


ファスター「(カザックの攻撃を受けながら)つまんない事ほざいてるねぇ!ラセル君!」

ラセル「何!?」

ファスター「君を生かしておくためには、その結界をとかなきゃいけないから

      めんどくさいなぁ…って思ってたけど

      そんな逃げ方するんなら今ここで皆殺しだよ!」

カザック「お前の相手は、私だ!」

ファスター「そう、そうだよ!(連続打撃)

      君が!ラセル君の代わりに!僕を楽しませてくれるんでしょ!」


カザック「ぐっ…(避けながら距離をとる)」

ファスター「足りない足りない!もっともっともっと満足させろよぉおおお!(棍を投げる)」

カザック「があああああ!(棍が肩へ貫通)」

ファスター「痛い!?ねぇ痛い?」


カザック「くはは…。…痛み…なぞ…知らぬっ!」

ファスター「…へぇ。」

カザック「むせ返る血のにおいが…私に感覚を忘れさせる…」

ファスター「強いねぇ、おじさん。」

カザック「お前に…惨殺(ざんさつ)された罪のない人々の痛みに比べれば…

     その無念に比べれば…こんなっものっ…(棍を抜き捨てる)」


ラセル「カザック!もういい!戻れ!」

カザック「もう…いい…?…何がです…?」

ラセル「そんな体で戦うことはない!」

カザック「…(笑う)…」

ラセル「何故笑う!」

カザック「優しい…お方だ…貴方は。…そして、残酷だ。」

ラセル「俺が代わりに出る!それでいいだろう東の主!」

カザック「あなたが私を殺すのですか、ラセル様。」

ラセル「!?何を言って」

カザック「貴方が言っているのは!そういう事です!」

レイス「ラセル…」

ラセル「……俺は、見ている事しか出来ないというのか?それこそが、それこそが残酷だカザック!」

カザック「いくら思いが強くてもどうにもならない時が…あります。

     あなたは王として…今、この今を耐えなくては…ならない…」


ファスター「そうだよ、ラセル君。君がそうやって苦悩している姿も、僕見てて、とっても楽しいよ。

      このおじさんにもだんだん飽きてきたし…

      そろそろ殺しちゃおうと思うんだぁ。よーく見ててね。」

ラセル「…お前を…叩きのめす…」

ファスター「嬉しいなぁ。なら今すぐそこから出ておいで!」

(ラセルを背中から抱きしめるルティア)

ラセル「…ルティア…」

ルティア「…私には…何も、言う権利がない…」

ラセル「…」

ルティア「けれど…それでも、行かないで…ラセル。」

ファスター「あーあ、お姫様にそんな事言われてうらやましいなぁ。

      シセルドに殺されちゃうよー。おっと!(カザックの攻撃)」


カザック「よそ見している場合ですか!」

ファスター「卑怯者ー!そういうの、嫌いじゃないけど!」


レイス「…出来た。」

ラセル「本当か!レイス!」

レイス「僕が作れる限界まで強度をあげた、ここから飛行術と組み合わせて逃げるよ。」

ラセル「よし、やったぞ!カザック戻れ!結界が完成した!」


ファスター「行かせないよ。」

カザック「はは…でしょうな!」


レイス「ラセル…カザックは、もう無理だ。」

ラセル「何を…言ってる…」


ファスター「おじさん結構面白かったよ、だからラセル君達は今回だけ逃がしてあげる。」

カザック「それは…有難い。」

ファスター「おじさん、名前なんだっけ?」

カザック「…さて…忘れましたな。」

ファスター「ふぅん、じゃあ…あげようか?」

カザック「…何?」

ファスター「僕の傷跡を受け入れない?」

カザック「…!?」

ファスター「君なら、僕の部下にしてあげてもいい。

      魔性として命を受け入れれば、今よりもっと強くなれるよ。どう?」

カザック「……くくっ…」

ファスター「…何がおかしいのさ。東の主の部下って、そう悪い地位じゃないぜ。」

カザック「……あはははは!…死んでも、断る!」

ファスター「…へぇ。」

カザック「我が主は…天にも地にも、ベルサス王ただ一人。お前ごときに仕える気など、微塵も、無い!」

ファスター「ふぅん…残念。せっかくチャンスをあげたのに。じゃあもう、死ぬしかないね。」



ラセル「おい、レイス!どうにかカザックを引き戻せ!」

レイス「…何度も言わせないで。僕だって辛いんだ…」

ラセル「レイス何をしてる…体が、浮きはじめたぞ…」

レイス「言ったでしょ…飛行術だよ、ここから少しでも遠くへ逃げるんだ。」

ラセル「ふざけるな!カザックはどうなる!(レイスに剣をつきつける)」

レイス「剣なんか出しても、僕の考えは変わらない。」




ファスター「君みたいな意志の強い人間の心折れる様が僕は大好きだ、徹底的に痛くするよ。」

カザック「少しは、お返しする。」

(対峙)

カザック「だあああっ!」※不規則な走行から遠心力をつけて攻撃

ファスター「ふっ!はぁっ!」※回避から攻撃

カザック「ぐあっ!」※倒れかかる

ファスター「もう一つ!」※後ろに回りこみ後頭部へキック

カザック「ぐっ・・・はっ!」※前面へ倒れそうになるが、片手で止めて回転し、立ち上がる

ファスター「頭蓋骨割れない程度の力加減って難しいなぁ。」

カザック「…ぐ…う…」※脳がぐらぐらとして動けない

ファスター「にしても、人間に『ごとき』呼ばわりされるとは思いもしなかった。

      結構ムカついたよ。『ごとき』ってのはさぁ…(羽交い絞めにする)」

カザック「ぐ…」

ファスター「人間に使うのが、正しいと思わない?(喉元に爪をたてる、血が滴る)」

カザック「一人の悪に依(よ)りて、萬人(ばんにん)苦しむ事あり。

     しかるに、一人の悪をころして萬人をいかす

     是等(これら)誠に、人をころす刀は、人をいかす剣(つるぎ)なるべきにや」

ファスター「なんだい、お祈りの時間?」

カザック「詩吟(しぎん)…です。」

ファスター「随分落ち着いてるねどうしたの?」

カザック「いくら力の差があっても、この国の為にお前に負けるわけにはいかぬ。

     私はこの国を生かす剣をこの全身全霊をかけお前に向ける…

     これで最後だ!(背負い投げる)」

ファスター「おっと(着地)何!?」

カザック「参る!」

ファスター「え?」



カザック「1手!フニクズル(突く者)」※タックル(胴)

ファスター「がっ!(初めて直撃する)」


ルティア「当たった!」

ラセル「あれは!」

ルティア「どうしたの?」

ラセル「やめろやめるんだ、カザック!!」



カザック「2手!フロプト(叫ぶ者)」※蹴り(足)

ファスター「ぐがあっ!なんだ動きが読めないこの僕が」



レイス「何あれ…人間が出来る動きじゃない…あれじゃ、壊れる…」

ラセル「禁じ手。」



カザック「3手!サンゲタル(真実をおしはかるもの)」斬撃 (手)

ファスター「ぐああああ!(剣をはじく)これは…」



レイス「禁じ手って…?」

ルティア「ラセル、あれは何?」

ラセル「あの技は5体を1つずつ、再起不能なまでに酷使する」

ルティア「再起不能!?」




カザック「4手!ビレイグ(片眼を欠くもの)」※首元に噛み付く(頭)

ファスター「ああああああああああっ!」

ラセル「あんな技、伝承の中だけのものだとっ…」

レイス「あああっ!」



カザック「5手、ヴァルファズル(戦死者の父) 」※(心)

(ファスターの首元に噛み付きながら)

ラセル「よけろおおおっ!」


跳ね返った剣がカザックの背中から心臓を貫通し、ファスターを刺しぬく。


ファスター「ああああああああああ!」

ラセル「カザックううううう!!!!」




カザック「ディルスに騎神の加護あれ!!!(大量の血を天に吐く)」




ラセル「カザック!カザック!!(結界から飛び降りる)」

レイス「どこまで馬鹿なの…(飛行術を解除)」

ラセル「(つかまる)離せレイス!」

レイス「ザイタイル」

電撃

ラセル「はなせ…(痺れてうごけない)」

レイス「最初から、こうするべきだった…」

ラセル「(泣いている)カザックを…見殺しにしろと言うのか…」

レイス「遅かったんだよ、ラセル何もかも。遅い。」



ファスター「があ…はぁはぁ…」



ルティア「まだ生きてる…」

レイス「…やっぱり」



ファスター「はははははははは!面白い!面白いよぉおおお」

(カザックの亡骸を引き剥がし、首をつかんで持ち上げる)

ファスター「あれぇ…おじさん?…死んじゃったのかぁ、残念だなぁ。

      しかも、どこもかしこもボロボロで使い物にならないじゃないか

      あぁ…でもすごい技だったなぁ…人間のあんな動き初めて見たよ」

ラセル「カザックをはなせ…」

ファスター「ああラセル君!今日は僕すっごく楽しかったから、君をいたぶるのは今度にしてあげる。

      だからこの人頂戴ね!」

レイス「なっ」

ファスター「気に入ったんだよ、この人!ボロボロだけど多分大丈夫、良い知り合いがいるんだ。

      最高のリビングデッドにしてもらってあげるよ、あはははは!」

ラセル「やめ…」

ルティア「っ!」

(ルティア突然結界から駆け出す)

レイス「ルティアちゃん!?」

(ファスターに駆け寄り、平手打ち)

ファスター「どうしたの、お姫様?」

ルティア「死者の魂まで弄ぶなんて…どこまで卑劣なのです!あなた達は!」

ファスター「(ルティアの手をひねりあげる)おーおー。お優しい事。」

ルティア「カザックさんの亡骸を解放しなさい…」

ファスター「この状況でよくそんな事言えるねぇ?馬鹿なの?」

ルティア「命を弄び、死者を冒涜し…貴方の目的は何…」

ファスター「退屈しのぎかなぁ」

ルティア「・・・。」

ファスター「そう。軽蔑した目で見るなよ。君も同じ穴の狢(むじな)だ」


ルティア「カザックさんを、解放しなさい。」

ファスター「ふん。じゃあさぁ。お願いしてみたら?」

ルティア「!」

ファスター「お姫様なら礼儀くらい、わきまえてるよね?

      僕、生意気な女は大嫌いだ。ほらどうするの?」

ルティア「……お願いします。」

ファスター「はは。あはははは!いいよ!

      シセルドのお姫様からお願いされたんじゃ断れないなぁ!」


(カザックの亡骸を結界へ投げ捨てる)


ラセル「カザック!」

ファスター「お返しするよ。その人のおかげで今日は随分楽しかったから、満足したし。

      盛大に葬式してあげなよね!」


(ガレキの塔の上へ飛翔)


ファスター「そうそう、クラリオンのレイス君にもアドバイスだ。

      その結界解くのは僕ならだいたい1時間。破壊するならもっと早くできる。」

レイス「それは、ご親切にどうも。」

ファスター「それでは皆さん、また会える日を楽しみにしてるよ!」


(虚空へと姿を消す)


ラセル「(カザックの亡骸を抱く)カザック起きれるか?」

レイス「…」

ラセル「すごいな、お前あんな技隠してたんだな…俺との決闘のときは

    少しも見せなかったじゃないかあんなの…」

ルティア「ラセル・・・」

ラセル「東の主は退いた、お前のおかげだ。早く元気になって

    アルスで俺に稽古をつけてくれ。」

レイス「ラセル!」

ラセル「レイス回復魔法を頼むよ。カザック、ぐったりしてしまってる…」

レイス「・・・」

ラセル「どうした、レイス早く」

レイス「無理だよ・・・。」

ラセル「無理?」

レイス「無理だよっ。」

ラセル「何が、無理だって言うんだ」

レイス「カザックはもう死んでるんだ。だから、もう、無理なんだよ!」

ラセル「何を言ってる。触ったらわかる、まだこんなに暖かいじゃないか…
  
    血が、流れてるじゃないか…カザックはここにいるんだぞ。何故無理などと言う。

    こいつが俺との約束を破るわけないだろ!」

レイス「約束?」

ラセル「俺とカザックの決着は、まだついてないんだ。俺はまだ、こいつを越えてないんだぞ!」

ルティア「ラセル…カザックさんの魂は、ここにはいない…」

ラセル「何故、そんな事がわかる…」

レイス「…」

ラセル「何故お前達に、そんな事がわかる!何故そんな事が言える!」

ルティア「!」

ラセル「…ぁあああ(狂ったような声)」

レイス「ラセル?」

ラセル「ああ!ああ!ああああああああ!!!!!!!(地に頭をぶつけだす)」

ルティア「ラセルやめて(おさえつける)」

ラセル「何故、何故俺だけがわからない!何故俺だけが!無知で!無力で!無力で!無力で!」

レイス「ラセル!」

ラセル「俺のどこが!王だと言うんだ!こんな愚かな!国どころか
  
    たった一人の人間も救えない!俺の、どこが!!」

ルティア「…」


ラセル「ルティア!レイス!教えてくれ!俺のどこか王だと言える!

    そうだ滑稽だ!カザックが言ったとおりじゃないか!

    あははは!俺に相応しい言葉だ、笑える、笑えるなぁ!そう思うだろ、あはははははははははは!」


ナレーター「次回、魔性の傷跡第9話。ご期待ください。」

fin


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