魔性の傷跡
第5話 『鈴の音に揺れる』

【登場人物】♂3♀3不問1
ルティア(21歳)♀:至高の美女 いつも悲しげな表情をしている。
リザイア(18歳)♀:マリーガルド国の姫。ラセルのはとこ。
サリア (?歳)♀:魔性。北の副官。
ラセル (26歳)♂:ディルス国の若き王。
シセルド(?歳)♂:魔性。凍りつくような瞳をしている。
レイス (20歳)不問:クラリオンに養子に出されたラセルのいとこ。
ナレーター+兵士♂:

【役表】
ルティア♀:
リザイア♀:
サリア♀:
ラセル♂:
シセルド♂:
レイス不問:
ナレーター+兵士♂:



【戦渦に巻き込まれた小さな町】

サリア「お母さん!お母さんどこ!」

(乱暴に扉が開く)

サリア「お母さん?」

兵士「なんだ、女の声がすると思ったらガキか。」

サリア「だれ?」

兵士「こんな娼婦宿にガキが残ってるとはなぁ、お前の親達はもうトンズラか。」

サリア「…」

兵士「ひゃはは。そう怯えるなって。どうせ結果は同じだ。この戦は俺達の勝ちだ
   
   この街はもうおしまい。お前も、おしまいだ。」

サリア「…」

兵士「こええか?ほーほー良くみりゃ結構上玉じゃねぇか。」

サリア「触らないで!」

兵士「ほえろほえろ、泣いても叫んでもこんな戦の最中(さなか)に誰も他人の事なんか助けやしねぇ。
  
   ましてやここは腐れた色宿、同情もしねぇ」

サリア「きゃああ!」

兵士「殺す前にいいこと教えてやるよ」

サリア「やめて!」

兵士「暴れろ暴れろ、無駄だから。その方がおもしれぇや」

サリア「いや気持ち悪い!」

兵士「恨むなよぉ、娼婦の娘に生まれついた自分の運命か、お前を置いてとっとと自分だけ逃げ出した

   自分の親を恨むんだなぁ」

シセルド「お前も、哀れな娘だな。」

サリア「…え?」

シセルド「人の子よ、この運命から逃れたいか?」

サリア「あなたは…誰?」

兵士「なんでぇ、急に大人しくなったな。」

シセルド「私はシセルド。無残に散り行くお前の運命を変えたいか?」

サリア「良くわからないけど…助けて…」

シセルド「この運命から逃れたところで、お前に課せられるのは修羅の道。

     血塗られた魔性の命を受け入れる覚悟はあるか?

     人間としてありたいのであれば、そのまま運命に身を委ねよ。」

サリア「運命なんて知らない。人間でなくたっていい。こんなの、こんなの、もうやだ…」

シセルド「傷跡を受け入れ、我が配下に下ることを同意するか?」

サリア「同意する!だからお願い…助けて…」

シセルド「承知した。人としての命を終えるお前に新しき名を与えよう『サリア』と名乗るがいい。」

サリア「……サリア……ああっ(傷跡が生じる)」

シセルド「そう、サリアだ。たった今から、お前をこの『北の主』シセルドの臣下とする。
   
     その赤き傷跡から満ちる魔性の力を解き放ってみるがいい。」

兵士「急に抵抗しなくなったなぁガキ、これじゃ張合いがねぇな。指の一つも折ってやろうか。」

サリア「…下郎。」

兵士「ああ?」

サリア「汚い手で触らないで」

兵士「…なっ…なんだとてめぇ…あれ、お前急に……うえええ?」

サリア「騒ぐほどの事ではないわ。シセルド様の臣下として相応しい容貌へと変化しただけの事…」

兵士「ガキが急に色っぺぇ姉ちゃんに変わっちまった…俺は夢でも見てるのか?」

サリア「貴方の醜い夢になど出たくも無い。その汚れた魂、今ここで終らせてあげる。」

兵士「けっ、ちょっとでかくなったくらいでいい気になりやがって。女の力でこの俺に…ぐぁああああ!」

サリア「悲鳴すら耳障り…」

兵士「お…俺の腕が…腕があアア」

サリア「狙いが少しずれてしまったわ。次は間違いなく心臓をえぐってあげる。」

兵士「おまえ…一体…」

サリア「ただの、魔性よ。さようなら。」

サリア「返り血を浴びても、断末魔の叫びを聞いても、その兵士の命を奪った事に何も感じなかった。
   
    ただこの世界からちっぽけな醜い命を一つ消しただけという事。

    傷跡から血がめぐる様に魔性としての生き方を理解できた。」



リザイア「魔性として…生きる…」

サリア「そうよ、お嬢ちゃん。あなたも魔性として生きてみる?」

リザイア「…」

サリア「うふふ、冗談よ。私では、貴方に傷跡を与えることは出来ないし。」

リザイア「傷跡…」

サリア「あら、興味なさそうねぇ。貴方の興味は、本当にあの若いディルス王だけね。」

リザイア「ラセル様…」

サリア「好きなのね、愛してるのね。かわいそうに。」

リザイア「かわいそう…?」

サリア「ええ、かわいそうだわ。自分でも気づいているのでしょう?その想いが叶わぬ想いだと。

    ラセル王の心が貴方には向いていないという事を。」

リザイア「…ルティア」

サリア「そう、ルティア。あの女に王の心は動いている。

    何故、リザイア姫…貴方ではないのでしょうね。貴方に何が不足してるというのかしら。」

リザイア「…」

サリア「貴方はこんなにも可愛らしいのに。身分だってラセル王に相応しいのは貴方しかいないはずなのに。

    何故あんな得体の知れない女に王の心が奪われなくてはならないのでしょうね。」

リザイア「…憎い。」


サリア「そうよね、憎いわよねぇ。かわいそうなお姫様。私が手を貸してあげるわ。

    貴方の中に眠る力を少しだけ起こしてあげる…」



ナレーター「失踪したリザイア姫の捜索に全力をあげるディルスは、明かりを落とさぬまま深夜をむかえた。

      ルティアもまた、明かりを落とさず自室でまどろんでいた。」

【ルティアの夢】

シセルド「ほら、結局はこうなるだろう。お前は運命から逃れられない。」

ルティア「…運命とは…何…」

シセルド「この世界を支配する流れ、空間と空間を繋ぐ無限の糸」

ルティア「…意味がわからない。」

シセルド「理解する必要はない。お前がどんなに足掻いたところで

     結局お前は逃れられないというだけのこと。」

ルティア「…私は…」

シセルド「揺れているなルティア。あの王のせいか」

ルティア「…あの人は私の全てを知って…それでも生きろと言った…」

シセルド「勇敢なことだな。その意味を本当に理解しているのなら。」

ルティア「…ディルスにだけは、手を出さないで。」

シセルド「お前が執着すればするほど、壊したくなる…」

ルティア「…悪魔」

シセルド「魔性、だよ。」


ルティア「どうすれば…どうすればいいの…」

(鈴の音)

ナレーター「遠くで鈴の音が鳴るのを聞いて、ルティアは悪夢の中から意識を取り戻した。」


【ルティアの寝室】

ルティア「こんな夜更けに…鈴の音…」

ナレーター「凛と響き渡る澄んだ音色が絶え間なくルティアの耳に押し寄せた。」

ルティア「…私を呼んでるの?」

ナレーター「閉ざされているはずのルティアの部屋の扉が、手をかけると自然と開いた。」

ルティア「…呼んでいる…」

ナレーター「鈴の音に脳内を支配されたまま、ルティアはふらりと部屋を出た。

      見回りをしている兵士達の目を自然とすり抜けながら

      確実に自分を呼ぶ何かにむかって歩みを進めて行く。」

ルティア「誰かが私を呼んでる…」


ナレーター「気がつくと、ルティアは礼拝堂の中にいた。

      月明かりが差し込むステンドグラスの影に美しい女が一人佇んでいた。

      ルティアはその女に見覚えがあった。」

【礼拝堂】

ルティア「…サリア」

サリア「お久しぶりです、ルティア様」

ルティア「あなたがいるという事は…やはりシセルドの差し金…」

サリア「シセルド様の命と言うより、これは私の意志ですね。

    貴方を失ってからのシセルド様を見ていると…私が辛かったのです。」

ルティア「リザイア姫はどこ?」

サリア「うふふ、知りたいですか?」


ナレーター「その頃、自室で仮眠をとっていたラセル王は怪しい気配が侵入した事に即座に気づき、

      寝台の傍に置いてあった剣を抜いて構えた。」

【ラセルの寝室】

ラセル「…そこにいるのは、誰だ。」

ナレーター「魔性と対峙する意を決し、間合いをつめるラセル王。侵入者の気配が柱の影から姿を現した。」

リザイア「ああ、怖い。そんなに怒らないでください。ラセル様」

ラセル「り、リザイア姫!?何故、貴方がここに…」

リザイア「ほんの1日留守にしただけで大騒ぎになるんですもの、こちらが驚いてしまいましたわ。」

ラセル「それは当然です。今までどこにいたのですか、それに…どうやってここに?」

リザイア「秘密ですわ。そんなことよりラセル様、私がここにいる意味の方を気にしていただきたいですわ。」

ナレーター「そう言うとリザイアはドレスの肩紐をするりと解いた」

ラセル「り…リザイア姫!」

ナレーター「ラセルは思わず背を向けた。シルクのドレスがストンと床に落ちた音がした。」

リザイア「ラセル様、何故背をお向けになるの、私かまいませんの。」

ラセル「リザイア姫、お止めなさい。どうか服を着てください。」

リザイア「何故です、私…ラセル様をお慕い申し上げているのです。」

ラセル「…っ」

ナレーター「リザイア姫はラセル王の背中にそっと体を寄せた。姫の体温が背中に伝わった。

      ラセル王はマリーガルドとの国交の行方を危惧していた。」

【礼拝堂】

ルティア「…悪趣味だわ。」

サリア「私はあのかわいいお姫様の願いを叶えてさしあげたいだけです。

    今頃はとても楽しい事になっていると思いますわ。」

ルティア「人の心を操って、何が楽しいの。」

サリア「操ってなどいません。私は姫の願いを起こしてさしあげただけ、少し理性を飛ばしてね。

    けれど…ディルス王とあの姫が結ばれれば、ルティア様の居場所はここにはありませんわね。」

ルティア「…元より、私に居場所なんてないわ。」

サリア「いいえ。貴方は誰よりシセルド様の隣に相応しいのです、さぁ貴方のあるべき場所へ、帰りましょう。」

ルティア「…」

ナレーター「サリアが手を差し出し、ルティアはその手を取ろうと近づく。サリアの赤い唇が笑う。」

レイス「Gaθa(ガーサー)vespe ratavo(ウィスペラタウォー)」

サリア「これは…火炎魔方陣!?きゃああああ」

レイス「びーんご♪」

ナレーター「突如サリアの足元に出現した魔方陣から炎が激しく燃え上がった。」

ルティア「レイスさん!」

レイス「ま、こんなもんでしょ。出現予測ポイントに予め魔方陣を仕込んどいたんだ。」

サリア「はぁ…はぁ…。レイス、あの憎らしいクラリオンの王子か…」

レイス「あらあら、結構しぶとい。下位魔性ならケシ墨に出来るくらいの火力だったんだけどなぁ。

    あぁそれとね、僕は王子ではないよ。」

サリア「ふん、生意気なクラリオン人…あの国は今に痛い目を見る…」

レイス「無駄口ばっかりきいてると、次の罠が発動しちゃうけど?」

ナレーター「礼拝堂の天窓から見える星の光が、鋭い矢になってサリアに降り注ぐ。」

サリア「いまいましい!」

ナレーター「サリアはベールを巧みに操り、踊るように次々と星の矢を絡め取った。」

レイス「やっるぅ〜!」

サリア「はぁ、はぁ、」

レイス「でも息があがってるねお姉さん。こっちは仕込んどいただけだから消費ほとんどないんだよね。
    
    どうかな。リザイア姫、返す気にならない?」

サリア「…うふふ。」

レイス「あんまり女性をいたぶるのは好きじゃないんだよねぇ。」

サリア「人間の体で……あまり調子に乗るんじゃない!」

レイス「うっ!」

ルティア「きゃああ!」

ナレーター「サリアのベールが広がり、クモの巣のように糸状になって2人に襲い掛かった。」

(天窓の割れる音)

ナレーター「瞬く間にサリアは高く飛翔し、天窓から星空へと姿を消した。」

レイス「…逃げられちゃった。」

ルティア「…ベールが…消えた…」

ナレーター「二人に襲い掛かったはずのベールは跡形もなく消えていた。」

レイス「幻覚だね。精神をいじってくるタイプの魔性か。ああいうのは、ねちっこいんだよなぁ〜。」

ルティア「レイスさん、ありがとうございました。」

レイス「ううん。実は一番イイトコで出ようと見計らってたんだよね。」

ルティア「え?」

レイス「ルティアちゃんが部屋出たとこから着けてたの。」

ルティア「ええっ」

レイス「見てて思った事、ひとつ!ルティアちゃん、自己犠牲の精神は素晴らしいけどね

    君を守りたいと思ってる人の気持ちも考えた事ある?」

ルティア「…」

レイス「なんてね!さて、問題は濡れ場のラセル君ですが」

ルティア「…」

ナレーター「その頃…」

【ラセルの寝室】

リザイア「きゃあああ!」

ラセル「リザイア姫!?…ああ、良かった。」

ナレーター「突如意識を失い倒れたリザイア姫を、ラセルは恐る恐るシーツでくるんでいたところで姫は目を覚ました。」

リザイア「ああ…私…私、なんて事を…」

ラセル「…リザイア姫?」

リザイア「…あああ…恥ずかしい…」

ラセル「何か、気の迷いだったのでしょう。」

リザイア「違うのです…違うのです…」

ラセル「安心してください。今夜の事は忘れます。それよりも姫が無事に戻られて良かった。」

リザイア「…ラセル様」

ラセル「ゆっくりお休みになれば、少しは気も晴れましょう。部屋までお送りします。」


【ラセルの執務室】

ナレーター「翌日、ディルスはリザイア姫の無事帰還の知らせに沸き立っていた。」

レイス「ぷーーっ!あはははは!」

ラセル「笑うな」

レイス「鈍感にも程があるよ、変だと思わなかったの。」

ラセル「思ったさ、だが魔性が人の心まで操るなんて知らなかった。」

レイス「まぁ、色んな魔性がいるからねぇ。僕だって全部を把握してるわけじゃないけど…

    これからは『知らなかった』じゃすまないよ。」

ラセル「…そうだな。」

レイス「特に!ルティアちゃんを傍に置いておきたいなら。」

ラセル「お前…何故それを…」

レイス「バレバレだっての。好きなんでしょ?ポーカーフェイスは諦めた方がいいね。あははは」

ラセル「…ちっ」

レイス「ルティアちゃんすっごい魔性好きするタイプだよ。」

ラセル「魔性にタイプなんてあるのか…」

レイス「うん。きれい・かわいい・かっこいい!略して3K!」

ラセル「なんだそれは」

レイス「魔性はとにかく美しいものが好きなんだよ。だからディルスは被害がないんだろうね。」

ラセル「どういう意味だ。」

レイス「ディルス城、汗臭いもん。

    綺麗な場所なんて数えるほどしかないから出現ポイントを絞るのもラクだったよ、あはは」

ラセル「…そんなに汗臭いかな。」

レイス「心配ならリザイア姫のマリーガルド国に頼めば一発だよ。」

ラセル「いやだ。国旗にまでフリルをつけられそうだ。」

レイス「あははは。それはあるね。ところでルティアちゃんは?」

ラセル「ん?中庭にいると思うが」

レイス「もしかして一人?」

ラセル「ああ。カザックは街に出てるしな。」

レイス「…単独で動かない方がいいかな。様子見に行こう。」

ラセル「何故だ?」

レイス「念のため♪」


ナレーター「ルティアは確かに中庭にいたが、一人ではなくリザイア姫といた。」

【中庭】

ルティア「お話とは、なんですか?」

リザイア「…私、ラセル様が好きなんですの。」

ルティア「…そうですか。」

リザイア「昨夜、ラセル様のお部屋に伺った事…魔性に操られていたとはいえ

     全く記憶にないわけじゃありませんの。」

ルティア「はぁ。」

リザイア「意識が戻って、恥ずかしかったけれど…私、本当は期待していました。」

ルティア「期待…?」

リザイア「もしかして、私の想いにラセル様が答えてくれるのではないかと。

     けれど、ラセル様は私を部屋に帰しました。」

ルティア「…」

リザイア「とても悲しかったけれど、私…まだ諦められませんの。」

ルティア「リザイア姫…」

リザイア「私はラセル様が好きなのです、あなたなんかよりずっと。

     操られながらも想いを告げた時、心が高揚して抑えきれない想いが一層湧き上がったのです。」

サリアM「気持ちよかったでしょう?」

リザイア「言葉にするのが、行動に起こすのが、普段の私には出来なかったけれど…

     あの時私は、私の本当の気持ちのままに動けたのです。」

サリアM「心と体が連動する快感を…リザイア、もう貴方は逃れられない」

リザイア「私は幼い頃からマリーガルドの姫として、ディルス王と結ばれるべく育ってきました。

     私とラセル様は結ばれるべきなのです。」

サリアM「もっと、もっと激しく」

リザイア「何故、何故、諦めなくてはならないのです。貴方のせいです。」

ルティア「私の?」

リザイア「貴方が現れてからラセル様はおかしいのです。」

ルティア「そんな…」

リザイア「ルティア、貴方が憎い。」

サリア「いいわぁ…」

ルティア「…リザイア…姫…」

ナレーター「姫の瞳は明らかに通常の状態とは違っていた、ルティアは数歩後ずさりした。

       その間合いを姫がつめてくる。

       ドレスに忍ばせていた短剣をゆっくりと抜き出しながら。」

ルティア「それが、それがあなたの本当の願いですか。」

リザイア「あなたにそんな事関係ないわ、ただ死んでくれればいい。」

ルティア「死は恐れていません。ただ、そんな事をして傷つくのは貴方なのではないですか。」

リザイア「うるさい!」

ラセル「ルティア!」

レイス「リザイア姫!」

(ラセル、レイス駆けつける)


リザイア「ラセル…様…」

ラセル「リザイア姫、止めなさい!貴方が剣を振り回す事はない。」

リザイア「…ラセル様が悪いのです。あの時、ラセル様が私を愛してくだされば、私は…」

ラセル「リザイア姫、貴方はまだ幼い。」

リザイア「いいえ!私はもう大人です、何故ちゃんと見てくださらないのです!」

ラセル「マリーガルドの姫として、誇りを持たれよ!」


レイス「…お姉さん。出てきなよ。いるのわかってるよ。」


リザイア「ラセル様はいつもそうです。

     マリーガルドが無ければ私の事なんて、目にも入らないのでしょうね。」


レイス「出てこないならひっぱりだすよ。」


リザイア「お恨み申し上げます、ラセル様。ルティア…あなたさえ…あなたさえ、いなければ!」

ナレーター「リザイアはルティアに大きく斬りかかった。ラセルは剣を抜きリザイアの短剣を受けた。」

ラセル「なっ…なんだこの力!?」

ナレーター「剣の扱いはデタラメであったが、少女の腕から到底発するはずの無い重圧がラセルを襲った。」

ルティア「やめて!」

ラセル「なんだっていうんだ…本気の時のカザック並じゃないか…うわっ!」

ナレーター「ラセル王の剣が割れ、姫の一撃が王の肩を薙いだ」

ルティア「いやああ!」

ナレーター「ルティアはラセルをかばう様に抱きついた。」

ラセル「ルティア!どけ!」

ルティア「いやです!もう誰一人、誰一人…私のために傷つくのは嫌です!」


レイス「捕縛…完了!」


リザイア「…うぅっ」

ナレーター「空気が抜けたように、リザイア姫はその場に倒れた。

      レイスの指から伸びた有刺鉄線のような光が、サリアを捕らえていた。」


サリア「…いまいましいクラリオン人め。」

レイス「手負いの癖に諦めが悪いからこうなるんだよ。今回は逃がさないからね。

    たっぷりお仕置きしてあげる。」

サリア「んんっ…」

ナレーター「サリアは光の有刺鉄線から逃れようと必死にもがいた。」

レイス「やめときなって。痛みが増すだけだよ。

   それに、その呪縛から逃れたところで、この中庭からは絶対出られないよ。

   そういう罠はっといたんだから。」

ラセル「お前怖いな。」

レイス「ありがと♪中庭は危ないと思って最高に手間のかかる結界はっといたか…ら……え…」

ナレーター「突如、レイスの顔が青ざめる」

ラセル「…レイスどうした?」

レイス「そんな…馬鹿な…」

ラセル「だからどうしたんだ?」

レイス「僕の…僕の結界が…消された…」

ナレーター「サリアを捕らえていた光の有刺鉄線が消えていく。」

サリア「…シセルド様。」

ルティア「!」

ナレーター「その時、小鳥のさえずりが途絶え、木々のざわめきが消えた。
  
      泉の水すら凍りつくような空気がすうっと流れ込んでくる。

      その場にいた誰もが『その存在』に空間を支配されたのを感じた。」

ラセル「…シセルドだと。」

ナレーター「木々の闇から、その気配はゆっくりと確実に近づいてくる。」

レイス「…この感じ…『主』クラス…いや、それ以上…」

ルティア「来ないで…」

ナレーター「やがて闇の中から、その男は姿を現した。」

シセルド「…サリア、帰還するぞ。」

ナレーター「その囁きすら、聞く者の体を震わせた。闇を映した漆黒の長髪、凍りつくような冷たい瞳…

      『北の主』シセルドの姿であった。」

サリア「ですが、まだルティア様が…」

シセルド「これ以上、醜態を晒すな。」

サリア「…申し訳ありません。」

シセルド「ルティア、久しいな。」

ルティア「…」

ラセル「お前が、シセルドか。」

シセルド「…そうだよ、ラセル王。」

ラセル「お前は何故ルティアを苦しめる。」

シセルド「答える必要がない。」

ルティア「ラセル、止めて。」

ラセル「お前のせいで、ルティアがどれだけ苦しんでいるか。わかっているのか!」

レイス「ラセル駄目だよ!そいつには勝てない!」

シセルド「若き王よ、その目は悪くない。だが、無謀だ。」

ラセル「何故…答えない。」

シセルド「私とお前とは、対等ではないからだ。」

ラセル「そこまで馬鹿にされては、我慢ならない!」

ルティア「ラセル!」

ナレーター「ラセルは予備の帯刀を抜き取り、シセルドに斬りかかる。」

ラセル「うっ…」

ナレーター「ラセルは何が起きたのか理解出来なかった。

      自分の懐にシセルドが入り込んでいる事だけが事実だった。」

シセルド「この傷は…自分が思っているより深いぞ。」

ナレーター「ラセルの肩の傷に、シセルドが爪をたてる。」

ラセル「うああっ!」

ナレーター「そのまま爪がずぶりと刺さり、指まで入り込む。」

ラセル「ぐああああ!」

シセルド「弱いな、弱い。ラセル王、それで私からルティアを守るつもりか?笑わせる。」

ルティア「やめて!お願い!」

シセルド「…ふん。行くぞ、サリア。」

サリア「は、はい。」

ナレーター「さらりと、身をひいたシセルドはサリアと共に闇へ消えていった。」

ルティア「…ラセル、ラセル!」

ラセル「…」

ナレーター「痛みに耐えながら、ラセル王は絶対的な力の差に絶望感を味わっていた。
      
      ルティアが自分を呼ぶ声が、遠く聞こえた。

      次回魔性の傷跡第6話。ご期待ください。」


fin

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