魔性の傷跡
第4話 『消えない傷跡』

【登場人物】♂2♀1不問1
ルティア(21歳)♀:至高の美女 いつも悲しげな表情をしている。
ラセル (26歳)♂:ディルス国の若き王。
カザック(48歳)+ナレーター♂:ディルス国の宰相。
レイス (20歳)不問:クラリオンに養子に出されたラセルのいとこ。

【役表】

ルティア♀:
ラセル♂:
カザック+ナレーター♂:(被り)
レイス不問:




【ラセルの執務室】

ラセル「カザック、状況は。」

カザック「進展なしです。国中に触れを出し終えましたが、今のところ有力な情報はありません。」

ラセル「マリーガルド王に連絡はしたな?」

カザック「抜かりはありません。」

ラセル「あの王は苦手だからな、上手くやっといてくれ。…それにしても…くそっ。

     何だって言うんだ…身代金でも請求してくれば、尻尾がつかめるというのに…」

カザック「これではまるで…」

ラセル「まるで?」

カザック「まるで『神隠し』ですね。」

ラセル「なんだそれは。」

カザック「東方の国の言葉でしてね。人間がある日、忽然となんの前触れも無く失踪する現象の事です。

     なんでも人外の成せる業…とか。」

ラセル「…ふん、なるほど。見張りの者も『リザイア姫がいつ部屋を出たのかすら、わからなかった』

     と言っているしな。人外の存在……あながち的外れではないかもしれないな。」

カザック「クラリオンからレイス様がまもなく到着されるのは、幸運な事だったかもしれませんね。」

ラセル「…うーん。」

ナレーター「魔法帝国クラリオン、国民の全てが魔法を使える魔術のエキスパート国家である。

      殊(こと)に各地に伝説的に記録される『魔性』に関しては最先端の知識を有している。

      現在『魔性』を実存する脅威と考えている数少ない国家の一つである。

      ディルスもその脅威性を案じ、知識をクラリオンから少しずつ学びはじめていた。」

ラセル「一度しか見てないが、あの『魔術』とかいう技は卑怯だからなぁ。」

カザック「戦いにおいて、卑怯という言葉はありませんよ。」

ラセル「お前には美学がないのか。」

カザック「それをラセル様に言われるとは思いもしませんでした。」

ラセル「お前、いい度胸だな…」

カザック「時にラセル様、ルティア殿がお話があるとかで早朝から中庭で待たれています。」

ラセル「なっ。この…!何故それを早く言わない!もう昼前じゃないか!」

カザック「…申し訳ありません。うっかりしていました。」

ラセル「狸!(走って中庭へ向かう)」

カザック「…おやまぁ。」


ナレーター「ルティアが自分を呼び出したという事に驚きを感じながら、ラセルは急ぎ、中庭へ向かった。

      中庭の噴水の近くでルティアは待っていた。」


【中庭】

ラセル「…すまない、随分待たせたようだな。」

ルティア「いいえ、お忙しいところありがとうございます。王様。」

ラセル「…ラセルだ。許可する、そう呼べ。」

ルティア「いいえ、出来ません。王様。」

ラセル「…急に改まられると不愉快だな。」

ルティア「王様。本日は、お願いがあってお呼びたて致しました。」

ラセル「…仕舞いには殴るぞ。」

ルティア「どうぞ。」

ラセル「…(ため息)。それで、願いとは?聞くだけ聞いてやる。」

ルティア「ありがとうございます。それでは申し上げます。」

ラセル「…」

ルティア「私を…私を今すぐ、解放していただきたいのです。」

ラセル「…馬鹿馬鹿しい。お前は我が国の捕虜だ。何故解放しなければならない。

    そんな願いが通るわけがないだろう、頭でも打ったか?」

ルティア「ならば…今すぐ、死罪にしてください。」

ラセル「いい加減にしろ!何故今そんな事を言う。」

ルティア「…今…だからです。」

ラセル「何?」

ルティア「私は、一所(ひとところ)に留まってはいけなかったのです…」

ラセル「意味がわからない。何を言っている。」

ルティア「リザイア姫の失踪は、私が原因だと…思うのです。」

ラセル「ほう。何故そう思う?」

ルティア「…」

ラセル「黙っていてはわからない。話す気がないのならとっとと部屋に戻れ。

    少し頭を冷やした方が良さそうだぞ。」

ルティア「…いいえ。」

ラセル「…!」

ルティア「いいえ。王様。全て…お話します。」

ナレーター「自らの素性を語ることを頑なに拒んでいたルティアが、今初めて語りだそうとしている。

       ラセル王の心は、聞かなくてはならないという王としての責任感と

       聞いてはならないという胸騒ぎに揺れていた。」


ラセル「今更、全てを話すというのか。」

ルティア「…まず、これを見ていただきたいのです。」

ナレーター「そう言うとルティアは自らの衣服の裾をたくし上げ

       右足をその付け根近くまであらわにした。」

ラセル「…おいおい。色仕掛けなんて通じないぞ。」

ナレーター「王の言葉に意を介さず、ルティアは瞳を閉じてゆっくりと深く呼吸をしだした。

      深く、深く…」

ルティア「…っ…」

ナレーター「ルティアの周囲の空気がざわめきだす。ルティアの顔が赤みを帯びてくると同時に

       右足にも赤く血の流れが透けはじめた。」

ラセル「…なんだ…」

ナレーター「ルティアの血が赤く、肌に透け、ゆっくりと不思議な模様を描き出す。」

ルティア「…あぁっ」

ラセル「おい!」

ナレーター「ルティアが力なく倒れそうになったのを、ラセルは受け止めた。

      その時ルティアの足には、異質な鈍い光を放つその紋様が完成していた。」

ラセル「…これ…は……」

ルティア「…わかりますか。そう、これが『魔性の傷跡』…私の正体です。」


ナレーター「赤く刻まれた『魔性の傷跡』。魔性を語るうえで、まず知る事になるその傷跡とは

       決して消える事のない魔性との契約の証である。」


ラセル「ああ…わかるさ。無知な俺でも…」

ルティア「傷跡を持つ意味は、ご存知ですか。」

ラセル「魔性の配下に下る事、もしくは…」

ルティア「もしくは、魔性の伴侶となる事。私は魔性に愛されました。」

ラセル「……何故だ!魔性の契約は本人の同意を持って結ばれるはず。」

ルティア「…私は、同意しました。」

カザック「ラセル様!」

ラセル「……カザック」

ナレーター「唐突に聞こえた宰相の呼び声に、ラセルは平静を装った。」

ラセル「…今は取り込み中だ、後にしろ。」

カザック「そうはまいりません。レイス様が到着されました。」

ラセル「ちっ…今行く。ルティア、来い。」

ルティア「何故です。」

ラセル「なんでもいい、来い。」

ナレーター「その頃、クラリオンのレイスは一人豪華な応接室で退屈を持て余していた。

       つぶらな瞳の長い睫を伏せながら、
       
       柔らかな長い髪を指に巻きつけ、小さな赤い唇を少し尖らせていた。」


レイス「あー!ラセル遅いよっ!久しぶりぃ!」

ラセル「すまない、ちょっと取り込んでいて…」

レイス「何それー、呼び出しておいてひどいなぁ。明日の魔術講習…ちょっ。」

ラセル「?」

レイス「ちょっとちょっとちょっとぉ!誰この美人さん!」

ルティア「え…」

カザック「レイス様、こちらは現在、捕虜であるルティア殿です。」

レイス「捕虜?ふーん。道間違えて森に入っちゃっただけじゃないの。」

カザック「さて、それは…」

ラセル「レイス、急で申し訳ないのだが今回は魔術講習とは別に頼みたい事がある。」

レイス「あ、だいたいわかるよー。」

ラセル「ほう。さすがだな。」

レイス「リザイア姫の失踪の事でしょ。ディルスに入国した時からすごい騒ぎだもん。」

ラセル「ご明察。恥ずかしい事だがリザイア姫の手がかりが全くつかめない。

    これが魔性が絡んでるとなれば、今のディルスの知識では手も足も出ない…」

レイス「うん。魔性、絡んでるねー」

ラセル「なっ…」

カザック「お分かりになるのですか?」

レイス「うん。残り香だけね。城入った時から微かにするよ。結構上位の魔性かも。

    あと、ルティアちゃんあなたも。」

ルティア「え!」

レイス「びっくりした?ねぇ、びっくりついでにもう一つ驚かせていい?」

ルティア「な…なんでしょう。」

レイス「僕と、結婚して!」

3人「なっ!」

ラセル「レイス、何を言っている!」

カザック「おやまぁ。」

レイス「いいでしょ別にー。一目惚れなの!」

ルティア「あの…レイスさんは、女性では?」

カザック「レイス様はれっきとした男性です。」

レイス「あははー、ごめんねこんななりで。

    事情があって一昨年まで女として育てられてたから抜けなくてぇ。」

ルティア「…(女の子にしか見えない。)」

レイス「それで、どうかなルティアちゃん。お返事は?」

ルティア「…ごめんなさい。私、もう結婚しているんです。」

ラセル「…」

レイス「ふーん…そうなの。残念だなぁ、ふられちゃったよ。」

カザック「恐れながらレイス様、お話をリザイア姫に戻しても宜しいでしょうか。」

レイス「うん。尻尾は今晩つかめると思うよ。」

カザック「今晩?」

レイス「魔性ってのはだいたい夜動くんだよね。罠ははっといた。」

カザック「罠と申しますと…」

レイス「えへへ、秘密ぅ」

ラセル「レイス、頼むから真面目に」

レイス「真面目だって。ただねぇ、ここで言うとアッチに読まれちゃう可能性があるんだよね。」

カザック「ディルスで何か出来る事はありませんか?」

レイス「付け焼刃じゃ足手まといなんだよねぇ。特にないよ。」

ラセル「仕方ない。レイス、魔性については任せるぞ。」

レイス「任せて任せてー」

ラセル「カザック、兵達には特に夜間の警戒を怠らぬよう、国民には外出を控えるように知らせろ。

    間に合うな?」

カザック「はっ。」

ラセル「それと、レイスを部屋に案内してやってくれ。」

レイス「えー。ルティアちゃんともっと話したーい。」

ラセル「カザック、その山積みの荷物をレイスの部屋まで運んでやってくれ。

    ここに置いておかれては困る。」

カザック「承知致しました。」

レイス「ぶー!もうお土産あげないから!」

ナレーター「クラリオンの使者10人がかりで運び込んだ荷物をカザックは一人で軽々と持ち上げた。」

レイス「馬鹿力っていうか、もはや器用だね。」

カザック「お褒めに預かり光栄です。それではラセル様、失礼します。」

(扉を閉める)

レイス「僕達を追い出して、どうするつもりなのかねー」

カザック「何の事でしょう。」

レイス「とぼけちゃって。ルティアちゃんの事だよ。」

カザック「小職には分かりかねます。」

レイス「つっまんない答え。じゃあー、宰相さんはルティアちゃんの事どう思う?」

カザック「我が国の捕虜です。」

レイス「…なーんかなー、壁感じるなぁ。僕警戒されてる?」

カザック「恐れながら、身分が違いますので。」

レイス「所詮僕はクラリオンの養子だよ、気にする事ないって。」

カザック「申し訳ありません。」

レイス「質問を変えよっか。ラセルはルティアちゃんをどう思ってると思う?」

カザック「わかりかねます。」

レイス「うっわー」

カザック「申し訳ありません。」

レイス「まぁいいけど。…どっちにしろ僕は諦めないし。」

カザック「…」


ラセル「レイスにお前を会わせたのは、魔性関係は専門家に見てもらうつもり…だったが

    …まさか求婚するとはな、アイツ一昨年まで深窓の姫君を演じてたくせに。」

ルティア「…私は…」

ラセル「…魔性の花嫁ね。話が途中だったな。…続きを聞かせてもらおうか。」


ルティア「私は、セーレクトという国の王の娘でした。」

ラセル「セーレクト…どこかで聞いた事がある…」

ルティア「豊かな水、柔らかな風、温かな大地……自然界の寵愛を受けた美しい国です。

     私は生まれて間もなくセーレクトの聖女となりました。
     
     聖女とは自然界のエネルギーをもって、国の繁栄を祈り、緑を芽吹かせ

     外部からの悪意に対する防御を施す役目の事です。」

ラセル「魔術か?」

ルティア「いいえ、自然界の力と魔術とは本質的に違ったものです。

     特徴として、攻撃力が弱い代わりに防御力、治癒力に優れています。

     セーレクトは私の施した結界で守っている。それが私の誇りでした。」

ラセル「国を守る力…そんな力がお前にあると言うのか?」

ルティア「…あると、思っていました。けど……それは間違いでした。」

ラセル「間違い?」

ルティア「18歳の誕生日、国の皆に祝われ、私は幸福な気持ちで眠りにつこうと自分の寝室に戻りました。

     そこに、突如あの男が現れたのです。」

ラセル「あの男?」

ルティア「見ているだけで背筋が凍りつくような冷たい瞳。名を「シセルド」と名乗りました。

     一目でその男が魔性だと理解しました。
  
     そして、それが決してあってはならない事だという事も。」

ラセル「あってはならないとは?」

ルティア「先ほど申し上げたとおり、私はセーレクトに結界を張り巡らせていました。私を中心として。

     つまり、魔性が私の寝室に入ってくるなど決してあってはならない事なのです。」

ラセル「!」

ルティア「シセルドは一瞬で私の力を奪ったのです。

     いつ奪われたのかすら理解出来ない程、緻密に。容易く。」

ラセル「…」

ルティア「シセルドは冷たい笑みを浮かべながら語りだしました。私を花嫁に迎えにきたということを。」

ラセル「…」

ルティア「私は拒否しました。するとあの男は私に窓の外を見るように言いました。

     静かなセーレクトの夜の姿が望めるはずの私の寝室の窓は、
    
     いつもと違う風景を映していました。セーレクトの街中を包囲する恐ろしい異形の者達です。」

ラセル「魔性か。」

ルティア「シセルドの一声を待つ荒々しい低級魔性達……おびただしい数が夜のしじまに佇んでいました。

     血を欲した瞳で。私は自分の無力さに絶望しました。

     そして、セーレクトに手を出さないという約束の代わりに、あの男の申し出に同意しました。」

ラセル「…」

ルティア「けれど…あの男に触れられるのが私にはどうしても耐えられなかった。

     自らの心を消し、言葉を発さず、人形のように日々を過ごしました。

     それがあの男の意に沿わなかったのでしょう。

     3年が経ったある日、シセルドは私にこう告げました…(言葉につまる)」

ラセル「…どうした?」

ルティア「…お前の国…セーレクトは…セーレクトは滅んだと…。」

ラセル「…」

ルティア「閉ざしていたはずの心から衝動が浮かび上がってきて…涙がとめどなく溢れて…」

ラセル「…」

ルティア「どうして…私の何もかもを失っても…セーレクトだけは守りたかったのに。

     …力も、体も、心も…何もかも私から奪って…

     あの男はセーレクトまで私から奪った…私には…私には、もう何も、何もない。」

ラセル「ルティア…」

ルティア「あの男は…私の表情が、激する様が見たかったと言いました。

     そんな事の為に…。セーレクトは滅んだというの…絶対に…許せない…」

ラセル「…」

ルティア「私は無我夢中であの男から逃げてきました。でもこれもまた、あの男の考えの範疇なのです。

     いつ、私を捉えに来るかわからない。」

ラセル「…」

ルティア「いいえ、きっと今なのです。リザイア姫の失踪はシセルドに仕組まれているんです

     …おそらく私を、陥れるために。
 
     そんな事のためにこのディルスまで巻き込みたくないのです。

     だから…私を解放するか、殺すか、してください。」

ラセル「…断る。」

ルティア「何故です!これだけお伝えしても、魔性の恐ろしさが解らないのですか?

     セーレクトを一夜にして滅ぼした…」

ラセル「…わからない…わけではない。」

ルティア「ならば、王として賢明なご判断を下してください。」

ラセル「…賢明なご判断…か…確かにな。」

ルティア「ラセル王!」

ラセル「もう一度だけ言おう。断る。」


ルティア「…では、仕方ありません。」

ナレーター「そう言うとルティアは机の上の花器を床に落とし、飛び散った破片の一片を拾い上げた。

      それと同時にラセルは破片を握ったルティアの手を押さえつけた。」

ラセル「いい加減にしろ自殺女!」

ルティア「何故私を生かしておくのです!何の価値もありません!」

ラセル「俺が殺したくないからだ!」

ルティア「私はもう、からっぽの醜い人形なのです!

     こんな私の為にこれ以上シセルドの犠牲にならないでください!」

ラセル「俺は犠牲にはならない!この国もだ!」

ルティア「何故そんな事が言えるのです!魔性の事を何もわかっていないくせに!」

ラセル「わからないさ!だが学ぶ!」

ルティア「そんな必要はないわ、私が死ねば全て終るのよ!」

ラセル「お前には、死しか残されてないと言うのか!」

ルティア「そうよ!」

ラセル「ならば俺は、お前を否定する!」

ルティア「なっ…何を言って…」

ラセル「お前はからっぽでも、人形でもない。」

ルティア「いいえ…」

ラセル「人形なら、何故そんなに苦しむ。何故そんな悲痛な顔をしている。」

ルティア「…」

ラセル「お前のそこにある心を、魂を…美しいと、俺は感じた。」

ルティア「…いいえ。私は…醜いわ…」

ラセル「…俺はその光を消したくない。ディルス王の誇りにかけて、俺はお前を殺さない。」

ルティア「…」

ラセル「ルティア。『死ぬな』と言われるのは辛いか。」

ルティア「……辛い…」

ラセル「…」

ルティア「とても…辛いです…けど…どうしてかしら…嬉しくて…」


ナレーター「ルティアはその後の言葉を失った。初めてラセルの前で声を上げて泣いた。

      震えるルティアの肩をラセルは優しく抱いた。次回魔性の傷跡第5話。ご期待ください。」

fin

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