魔性の傷跡
第3話 『王の過去』

【登場人物】♂3♀3
ルティア(21歳)♀:至高の美女 いつも悲しげな表情をしている。
ラセル (26歳)♂:ディルス国の若き王。
リザイア(18歳)♀:マリーガルド国の姫。ラセルのはとこ。
カザック(48歳)♂:ディルス国の宰相。
シセルド(?歳)♂:魔性。凍りつくような瞳をしている。
サリア (?歳)♀:魔性。北の副官。
ナレーター:♂(シセルドと被り)

【役表】
ルティア♀:
ラセル ♂:
リザイア♀:
カザック♂:
サリア ♀:
シセルド+ナレーター:♂(被り)



ナレーター「華やかな冬の衣裳会を終え、元の猛々しさを取り戻したディルス。

        ラセル王は戦闘訓練場『アルス』で剣の訓練に励んでいた。」

ラセル「遅い!次!」

カザック「(わざとらしい拍手をしながら登場)いやぁ、お見事。お見事。」

ラセル「邪魔しにきたか、カザック。」

カザック「いえいえ。おとなしく見学させていただきますよ。」

ラセル「ふん、つまらん。次!」

ナレーター「王の最も得意とするのがスピード技であった。

        その技術は並の戦士では太刀筋を目視することも出来ない域に達していた。」

ラセル「…話にならん!おいカザック!付き合え!」

カザック「老体にご無理を言いなさるな。」

ラセル「誰が老体だ笑わせる。今日はナイトクラス以上は城外訓練で相手になる者がいない。」

カザック「それはそれは、絶好のお休み日和ですな。」

ラセル「ふざけるな。承知の上で来たのだろう。それとも、執務ばかりで本当に体が老いぼれたか。」

カザック「おやおや、王も随分おっしゃるようになった。昔はあんなに可愛らしかったのに。」

ナレーター「そう言うと宰相カザックは、手近にいた戦士から剣を受け取った。」

ラセル「いつまでも可愛らしくてたまるか。行くぞ!」


【シセルドの城】

サリア「…シセルド様。」

シセルド「…サリアか。何の用だ。」

サリア「何故、ルティア様を好きにさせておくのです。もうひと月も経ちます。」

シセルド「…そうか。」

サリア「…何故です。恐れながら…そのようなシセルド様を見ている、私が辛いのです。

     私、ルティア様を連れ戻しに行って参ります。」

シセルド「ルティアが大人しく帰ってくるとは思えないが。」

サリア「その時は、力づくでも…」

シセルド「それでは意味がないんだよ。」

サリア「え?」

シセルド「力づくなど、愚かしい…と言ったんだよ。」

サリア「……力づくで無ければ、宜しいのですね。」

シセルド「……止めはしない。」

サリア「…わかりました。…あの無骨なディルスとか言う国

    魔性の事をあまり理解してないようですね。

    まぁ、あんな品のない国に魔性が好き好んで関わるわけないですから無理もありませんけど。

    ルティア様がいるとなれば話は別です。私、かき回してさしあげますわ。」

シセルド「あまり派手な事はするなよ。」

サリア「承知致しましたわ。簡単な事です。人の心など…容易く傾くのですから。…ふふふ。」


ナレーター「ルティアは自由時間の大半を中庭で過ごす事が多かった。

      鳥の声を聞き、木の呼吸を感じ、大地の暖かさに触れる。

      いつも悲しみを湛(たた)えたルティアの表情も、この時ばかりは和らぐのであった。

      時には、笑みを浮かべる事さえあった。」

ラセル「お前も笑えるんじゃないか。」

ルティア「ラセル王、いつからそこに…」

ラセル「ついさっきだよ。(腕の傷を見せ)これを見ろ、カザックの馬鹿力に騙された。」

ルティア「まぁ…痛そう。」

ラセル「あいつ、宰相の癖に馬鹿力でおまけにフェイントも上手い。

    厄介なんだよな…まぁ、俺も同じくらいは返しておいたけどな。」

ルティア「負けず嫌い…ね。」

ラセル「ああそうだ。あははは、よく覚えてたな。」

ルティア「何故そうまでして、強くなろうとするの?」

ラセル「俺は超えなければならないからな……父を。」

ルティア「…え。」

ラセル「リザイア姫に聞いたのだろう?俺の父の事は。」

ルティア「…ええ。」

ラセル「そういえばリザイア姫も可愛いところがあるんだな。

    お前が無事だったのを見た時の姫の顔、見たか?
    
    あの嵐のような姫が『お気をつけあそばせ……』と言うのがやっとだったんだぞ。」

ルティア「…随分動揺されていたわ。」

ラセル「あの後、気分が悪いとかで寝室に篭もってしまってなかなか出てこない。

    早くマリーガルドへ帰ってもらいたいが……意外と精神弱いんだな。」

ルティア「…お見舞いに行きたいけれど、きっと、嫌われるでしょうね。」

ラセル「それは止めておいた方が無難だな。『捕虜のくせに』と罵声を浴びせられるのが落ちだ。」

ルティア「…わかってるわ。」

ラセル「もうひと月になるな、お前を捕虜にしてから。」

ルティア「…」

ラセル「傷はもう癒えたか?」

ルティア「胸の傷なら、ほとんど治ったわ。」

ラセル「そうか。…ルティア、少し話そうか。」

ルティア「…何を?」

ラセル「俺の事を。俺の父が暗殺者に殺されたという話はリザイア姫から聞いただろう。

    誰もが知っている事だ。」
   
ルティア「…そう。」

ラセル「俺の父はな、とても強い剣士だった。戦でも自ら第一線に立ち、敵をなぎ払ったという。

    遠いに記憶に焼きついた父の広い背中を、俺は今も追いかけている気がする。」

ルティア「……立派なお父様だったのね。」

ラセル「ああ。……ある戦の帰り、ディルスを囲む森の中で父は小さな少年が倒れているのを見つけた。

    息子の俺と同じ年頃、まだ5歳にも満たない少年だ。

    話を聞くと両親の虐待を受け、最終的にこの森に捨てられたらしい。

    やせ細り、体は傷だらけだった。」

ルティア「……可哀相…」

ラセル「父もそう思ったさ。同じ年頃の息子を持つ親ならば尚更だ。

    少年を城へ連れ帰り、傷を癒し、食料を与えた。

    数日後、見違える程、元気に回復した少年を父は捕虜として

    ちょうど今のお前と同じように城におくこととした。」

ルティア「…」

ラセル「少年は進んで城の雑用を手伝ったよ、素直で真面目だった。

    数年も経てば信頼を築き、父は小姓として仕事を与えた。俺の話し相手もよくしてくれた。
    
    夢を語ってくれたよ、立派な家を建てたい、そこで家族をつくりたいと。」

ルティア「…」

ラセル「穏やかな春の夜だった…突然父が死んだのは。死因は毒殺だった。

    犯人はすぐにわかったよ、その少年だ。信頼というのはこうも簡単に崩れるものだと知った。
    
    そして気がついた時にはもう取り戻せない。いくら叫んでも、父は返ってこなかった。」

ルティア「…ラセル…」

ラセル「少年は当然死罪だ。俺は初めて、直接刑を執行した。

    人を殺すのは、それが初めてだった。俺は少年の顔をずっと見ていた。
  
    俺のつたない剣の腕では少年を即死させる事は出来なかった。

    最高に痛く、無残な斬り方で2度、3度と少年の肉を薙いだ。」

ルティア「…やめて。」

ラセル「斬りながら少年の命が消えていくのを俺はずっと見ていた。

    でもな、その少年…笑ってたんだよ。」

ルティア「…え…」

ラセル「あんな悲惨に斬りつけられながら…ずっと…優しく微笑んでいたんだよ。」

ルティア「…」

ラセル「後で知ったのは、少年は隣国の奴隷で、両親を人質にとられていたという事だ。

    少年が森に迷い込んだ時から、全てが仕組まれていたんだ。もちろんその国は潰したが

    …少年の両親は、ディルスが攻め込むよりずっと以前に死んでいたという事だ。」

ルティア「…辛い…思いをしたのね…」

ラセル「…さてな。一番辛かったのは、その少年だろう。何年もの長きに渡り

    両親を人質にとられ、ディルスをあざむき続け…苦しんだのだろうな。
     
    だから、最後に笑ったんだろう。」

ルティア「…」

ラセル「父は苦しまずに逝ったよ。ディルス王はそう長生きできる道ではない。

    戦地でも、国内でもな。今ではそう理解している。

    残念だったのは母上だ、父の死に心を痛め、病が悪化してな。

    1年も経たずして後を追うように…。」

ルティア「…ラセル、今もう1度聞くわ。何故私を助けたの?」

ラセル「…」

ルティア「ラセル、貴方が私を殺してくれるなら私はそれで構わない。」

ラセル「真っ直ぐだな、お前は…。」

ルティア「お父上と同じ運命を辿る事になると、思わないの?」

ラセル「言っただろう、俺は父を超えなくてはならない。そうでなければこの国は守れない。」

ルティア「……。」


ナレーター「その頃、カザックはリザイアの様子を伺いに行っていた。」

カザック「リザイア姫、お加減はいかがでしょうか?」

リザイア「…宰相様。少し…良くなりましたわ。」

カザック「ご帰国の予定日を随分過ぎていらっしゃる…マリーガルド王がご心配なさってますぞ。

     先ほど書状が届きました。」

リザイア「まぁ…お父様から。見せて。」

カザック「どうぞ。(渡す)」

リザイア「(読んで)…そうね、いつまでも落ち込んでいられないわ。マリーガルドへ戻らなくては。」

カザック「その方が、よろしいかと。」

リザイア「宰相様…私…一つお尋ねしたいですわ。」

カザック「何でしょう。」

リザイア「私、醜いですか。」

カザック「とんでもございません。」

リザイア「ありがとう。正直言って、容姿にはそれなりに自信がありますの。」

カザック「はぁ。」

リザイア「でも、ルティアさんを初めて見た時…異質なまでの…

     人と思えない美しさに…負けた気がしました。
     
     ルティアさんを見るラセル様の目、私を見ている時と全然違うのですもの…嫉妬しましたわ。」

カザック「はぁ。」

リザイア「そしてあんな事故を起こしてしまいました。

     私、一歩違えば、ルティアさんを殺していたかもしれません。」

カザック「そうですね。」

リザイア「…でも。助かったルティアさんを見て、私また嫉妬しましたの。

     ラセル様に助けられ、連れられて、私の前に現れた時…

     あの人、私の事責めませんでしたの。一言も。」

カザック「そうでしたね。」

リザイア「何故責めないのです!殺されそうだったというのに。

     …私ばかりが醜いような気にさせられるのです。嫌です。こんなの。嫌です。」

カザック「…リザイア姫。」

リザイア「どうして私が、こんな思いをしなくてはならないのです。屈辱的です。」

カザック「リザイア姫、落ち着かれてください。」

リザイア「宰相様、私は醜いですか。ラセル様に相応しくないですか。」

カザック「そんな事はございませんよ。貴方は美しく、可愛らしい。」

リザイア「…」

カザック「…ルティア殿が貴方を責めなかったのには…おそらく理由があります。」

リザイア「…理由?」

カザック「…彼女に関して、一つだけ確信がある事があります…」

リザイア「それは何です?」

カザック「ルティア殿は…死を、望んでいます。」

【ルティアの夢の中】

シセルド「ルティア、頑(かたく)なに心を閉ざしていても何も生まれはしない。」

ルティア「…心を閉ざしていなければ、私は自分を保てない。」

シセルド「いくら心を閉ざしても、過去を振り払う事など出来はしない。何も変わりはしない。」

ルティア「…わかってるわ…貴方に言われなくても…」

シセルド「ああ、そうだ。お前なら身に染みて、わかっているだろうな。お前が私のものだという事も。」

ルティア「…わかっているわ!」

シセルド「そう…もっと憎めばいい。そうやって怒りに満ちたその表情すらも、私には甘美だ。」

ルティア「…もう…生きているのに…耐えられない…」

シセルド「聖女の自害か。笑い話にもならないな。セーレクトにどう謝罪するつもりだ。」

ルティア「………お父様…お母様…」

シセルド「苦しいか…ルティア。私の元に戻ってくるのならそんな感覚など、消してやるぞ。」

ルティア「…貴方は、どこまで私を追い詰めるの。」

シセルド「魂の全てまで…だよ。…時にルティア、ラセル王はなかなか良い王だな。」

ルティア「…っ!!」

シセルド「若いが、王者の目をしている。」

ルティア「…やめ…て…」

シセルド「ディルス国の堅固さは如何なものか…見てみたくはないか?」

ルティア「やめて…ディルスにだけは手を出さないで!」

シセルド「はははは、冗談だよ。やろうと思えば簡単だがな。」

ルティア「…あなただけは…許せない…」

シセルド「そうだ、もっと、もっと深く憎め。お前が憎めば憎むほどに

     私とお前の魂が深く繋がる。ははははは。」

ルティア「…夢なら…覚めて…」


ナレーター「覚めることなきルティアの悪夢。それが夢か現か。ルティアにはもうわからなくなっていた。」



ラセル「カザック、リザイア姫の容態は?」

カザック「少々興奮されてましたが、身体的には回復傾向にあります。

     今は部屋でお休みになっておられます。明日には帰国されるそうです。」

ラセル「そうか、良かった。随分スケジュールが狂ってしまった。

    明日にもクラリオンからレイスがやって来るからな。
    
    …アレとリザイア姫のお守りの両方は、勘弁願いたいところだったんだ。」


ナレーター「その頃、部屋で休んでいるはずのリザイア姫は、寝姿のまま、瞳もうつろに城内を歩いていた。
      
      人目につかぬように、誰かに指示されるかのように、うつろに歩みを進めていた。」

サリア「そう…そうよ。いい子ね。」

リザイア「っ!?…ここは…どこ?」

サリア「ふふふ。よく来たわ。」

ナレーター「夜の礼拝堂。ステンドグラスからの月明かりに照らされ美しい女が一人

      揺らめくベールを纏って佇んでいた。人の姿をしているが、明らかな違和感がある。

      リザイア姫はその女が人間でないという事を、本能的に悟った。」


リザイア「…ま…魔性…」

サリア「…ふふ。鼻は効くようね。お嬢ちゃん。私はサリア。人間には魔性と呼ばれる存在ね。」

リザイア「……本物…なの…」

サリア「…驚いた?魔性が存在するって事に?」

リザイア「…」

サリア「うふふ…ウブなのね、お嬢ちゃん。」

リザイア「近づかないで…」

サリア「貴方の心の声が聞こえるわ…怯えているのね。」

リザイア「…やめて…」

サリア「やめて欲しい?本当にそうかしら。」

リザイア「きゃあ!」

ナレーター「サリアのベールがリザイアの体を覆った。」

サリア「貴方の心の深く…もっと深く…ほら見えるわ。」

リザイア「やめて…やめて…」

サリア「ああ、なんて醜いの…怒り、悲しみ、憎しみ、嫉妬……あらゆる負の感情が渦を巻いてるわ…」

リザイア「いやぁあ!」

サリア「ねぇ、抵抗しない方がラクになれるのよ。私ならあなたの望みをかなえてあげられるわ…」

リザイア「のぞ…み…?」

サリア「ええ、そうよ。私はあなたの心の声を聞いた。だからここに呼んだの。」

リザイア「やめて、このベールを…何も考えられない…」

サリア「いいのよ…考えなくて…目の前に広がる闇に…」

リザイア「…闇…」

サリア「そう…闇に、身を任せて…」

リザイア「……闇が…広が…る…」

サリア「うふふふ…」

ナレーター「リザイア姫はベールに包まれサリアの腕の中で意識を失った。

      リザイア姫の不在が発覚し、ディルス城が騒然となるのは翌朝の事であった。

      次回魔性の傷跡第4話。

      行方不明のリザイア姫、魔性の影を感じとったルティアは自らを激しく責める。

      そんな中、クラリオンからの使者レイスが到着する。ご期待ください。」

fin

戻る

inserted by FC2 system