それは甘く舐るように。
或るいは、酷たらしく甚振るように。

汚染する真の悪意を前に、鋼鉄の絶叫も、白銀の勇壮も等しく踏みにじられる。
穢れなき少年の肉膚を剥ぎ取り、姿を現すは――。  

辿り着いた夢の果ては地獄。

 
毒針が、嗤う。



魔性の傷跡 第23話 『苦患を愛す者』
魔性の傷跡
第23話『苦患を愛す者』
【登場人物】♂4♀2両1
ラセル(26歳)♂:ディルス国の若き王
ビオーシェ(?歳)♂:魔性。西の主
シルキィ(28歳)♂:ディルス国の将軍。「白銀軍」を率いる
スフレ(?歳)♂:魔性、西の副官
アルザ(20歳)+ナレーター両:ディルス国の給仕
ツドイ(35歳)♀:クラリオン国の元帥
ヨミ(24歳)+ナレーター2♀:白銀軍副長
【役表】♂4♀2両1
ラセル♂:
ビオーシェ♂:
シルキィ♂:
スフレ♂:
アルザ+ナレーター両:
ツドイ♀:
ヨミ+ナレーター2♀:
※ナレーターとナレーター2がいますので、ご注意ください。
サビ山(夜)/雪崩後のアルザが雪の中で眠っている
アルザM「…………あれ……ここは……?
          ……手足に感覚がない……
     みんな、どこに行ったんだろう……
     ……真っ白で綺麗なところだなぁ……
     ああ……そうか……ここがお母さんが言ってた『天の国』なんだ……」
ビオーシェM「天の国か。そこに辿り着けば救われると思うか?」
アルザM「……え?」
ビオーシェM「隷従(れいじゅう)の宿命を振りほどき逃げ延びた先ですら、
       このような粗悪な結末を迎え、お前は満足と?」
アルザM「……あなたは……?」
ビオーシェM「足掻き続けたお前の、安寧の地はそこではなかろう。」
アルザM「あなたはもしかして……神様?」
ビオーシェM「……『神』か。奴らは存在の責務から逃亡した。
       名乗ろうか。俺はビオーシェ、西の主(あるじ)。
       お前の血肉(けつにく)を活かすためにやってきたんだよ、アルザ。」
ナレーター「魔性の傷跡、第23話『苦患(くげん)を愛す者』」
ヨミ「はぁ、はぁ……うぇっ……」
スフレ「わぁ、やめてくださいよ。人前ではしたない。」
ビオーシェ「スフレ片づけろ。」
スフレ「えー!僕、酒場では絶対働かないって決めてるのにぃ……」
ビオーシェ「奉仕の姿勢は美しい、頼むぞ。」
シルキィM「何か一つでも打つ手はないだろうか……
      ラセル様を人質にとられ……ヨミは猛毒に犯され……
      どうすれば、この状況を打破出来る……!」
スフレ「おやおやぁ、シルキィさん、まーだ諦めてない顔してますね?」
ビオーシェ「気丈なところもまた良いな。」
スフレ「でしょう?身震いするような魂と類い希なる美貌……」
ビオーシェ「まぁ、お前ほどでは無いがな?」
スフレ「やだもう。」
ツドイ「YR'SIGEL(エイワズシゲル)」※光輝く枝が鞭のように伸びスフレとビオーシェを攻撃する。
ビオーシェ「おっと。」
スフレ「おやおやツドイさん、そんな事していいんですか?」
ツドイ「無様な姿を晒すのは、南の主でもう懲りている。
    これは私の意地、そしてクラリオンの祈りだ。」
スフレ「そんな事してる間に、ヨミさん死んじゃうかもしれないですよ?」
ツドイ「言われるまでもなく、ヨミ殿の症状は一刻を争う。
    では、こうすればどうだ?」
ナレーター「ツドイはシルキィの喉元に短刀を突きつける。」
シルキィ「ツ、ツドイ元帥!?」
ツドイ「先程から聞いていれば貴様らは、このシルキィ将軍が喉から手が出るほど欲しい様子。
    ならばシルキィ将軍を、こちらの人質としよう。」
スフレ「バカ言わないでくださいよ、それで対等なわけがないでしょ。」
ツドイ「私は本気だ。ディルスには悪いが、この状況ではシルキィ殿の命を絶つ事にも躊躇いはない。」
スフレ「あのねぇ……」
ビオーシェ「面白い。」
スフレ「!?ビオーシェ様〜」
ビオーシェ「かまわないスフレ。それで?その続きはどうなる?」
ツドイ「ヨミ殿を解毒し、直ちに解放しろ。そしてラセル王もだ。」
ビオーシェ「そうすれば麗しのシルキィ将軍をこちらに引き渡していただけるのかな?」
ツドイ「……ああ。」
シルキィ「ツドイ元帥、感謝します。私一人の犠牲で済むなら……どれだけ幸いな事か。」
スフレ「ビオーシェ様、ふざけた要求ですよ。もうやっちゃいましょう。」
ビオーシェ「まぁ、待て。……うん、良いだろう。その要求を全て呑もう。」
スフレ「ええ〜……」
ツドイM「……全て呑むだと……」
ビオーシェ「どうした。もっと素直に喜んだらどうだ?
      そら、まずはこの女の解毒をしてやろう。」
ナレーター「そう言うとビオーシェは自らの小指を噛んだ。
      人間の血液とは異なる、赤い何かが滴る。
      それはビオーシェの指先で『雫』の形をとり、怪しく煌めいた。」
ビオーシェ「よし、このくらいで充分。」
ナレーター「ビオーシェはそのまま『雫』をヨミの青ざめた唇に垂らす。」
ヨミ「うっ……」
ビオーシェ「主の頂点に君臨する『王』なる存在。
    
      その血を受け継ぎし者のみが持つ『雫』だ。ありがたく飲めよ。」
ヨミ「ゴホッ、ゴホッ!」
シルキィ「ヨミ!」
スフレ「まぁ、安心して見ていてください。」
ヨミ「………ハァ、ハァ……」
ナレーター「『雫』の垂れた唇がほのかに色づく、そして
      顔、首、手、足と見る見るうちに血色を取り戻していく。』
ツドイ「顔色が戻った……この一瞬で……」
シルキィ「ヨミ、大丈夫か……!」
ヨミ「だ、だいじょうぶ、みたい……
   さっきまであんなに苦しかったのに……今は全然……」
ビオーシェ「当然だろう。貴重な『雫』を与えてやったんだ。
      命ある全ての者に『生命力』を与える。
      どんな重体だろうと三途の川を渡りきる前ならば息を吹き返す。
      さぁ、元気が出たなら約束通り愛しいナイトの腕にお戻り。」※ヨミの背中を押す
ヨミ「わっ!」
シルキィ「こっちだ!」※抱きとめる
ヨミ「シルキィっ……!」
シルキィ「ヨミ、良かった……!」
ビオーシェ「スフレ」
スフレ「(※微笑)」
ナレーター「瞬間、ヨミの背中は無数の繰(く)り糸に容赦なく貫かれていた。」
シルキィ「!!!!」
ヨミ「う、ぁ……」
ツドイ「ヨミ殿!」
シルキィ「………………」※声が出ない
ナレーター「シルキィの腕の中で、ヨミの体がゆっくりと力を失っていく。」
ヨミ「かはっ……!」
ビオーシェ「くっ……くく……」
スフレ「さすがは我が主、お人が悪い。」
シルキィ「……ヨミ、おい……しっかりしろ……おい……!」
ヨミ「大、丈夫……」
スフレ「なわけ無いですよ、致命傷です。ギリギリ死なない程度に調整しましたけど
    そう長くは保ちません。」
ツドイ「外道が!地獄に堕ちろ!」
ビオーシェ「そう怒鳴るなよ。約束通りその女を解毒し、解放してやったじゃないか。」
スフレ「喜びのあまりスキを見せたのはそちらの落ち度ですよねぇ。」
シルキィ「……おのれ……魔性……!」
ビオーシェ「いい顔だ……ゾクゾクする。束の間の歓喜を無惨に断ち切られる表情。
      その顔が見たかった……!」
ヨミ「シルキィ……もう、いい……」
シルキィ「声を出すな……!今あの『雫』とやらを、もう一度お前に……!」
ヨミ「もう……いいの……!これ以上、足手まといになる事が、辛いの……!」
シルキィ「しゃべるな!」
ヨミ「私なんか、置いて、逃げて……!
   ミストさんや、ジグナさんも、きっと、まだ……生きてる……」
シルキィ「そんな事が出来るか!俺は、お前を失うくらいなら……」
ツドイ「シルキィ殿、ヨミ殿をこちらへ。」
シルキィ「そ、そうか、回復魔法!」
ツドイ「ええ。ただし時間がかかりますので、私はヨミ殿を連れて一端この場から離れます。」
シルキィ「わかりました。」
ツドイ「ヨミ殿がここから離脱可能なレベルまで回復するには約20分かかります。
    回復後、私はここに戻りますが、それまでシルキィ殿は一人で奴らを足止めしてください。」
シルキィ「ツドイ元帥、あなたがいてくれて本当に良かった……!」
ツドイ「私もレイス様の情報を奴らから聞き出さなくてはなりませんからね。
    20分間、絶対に持ちこたえてくださいよ。」
シルキィ「無論です!」
ツドイ「頼もしい。では、後ほど!」
スフレ「逃がしませんよ!」※繰り糸を伸ばす
シルキィ「させるかぁっ!」※断ち切る
スフレ「ふぅん。行かせてしまって本当に良かったんですか?
    たった一人で僕達と渡り合えると本気で思ってます?」
シルキィ「俺はどれだけ不利な状況にあろうと、常に己を信じ戦ってきた。
     騎神の加護は己の揺るがぬ信念の内に宿る、今度もそれを貫くのみ!」
ビオーシェ「……ははっ、美しい、美しいなぁ!」
スフレ「まったくですね。」
ビオーシェ「人間同士の戦であればそれも通用したんだろう。だが、我らは魔性だ。
      その信念、果たして揺るがずにいられるかな?」
ナレーター「ビオーシェは微笑みながら、眠っているラセルの頬にそっと手を添える。」
ビオーシェM「ラセル王、これはもはや奇跡と言って良い。これさえあれば、
       暗澹(あんたん)たる俺の切望を遂げる事すら叶おう……
       だが、まだ安定しない。俺の波動に少し触れさせてやらねば。」
シルキィ「汚い手でラセル様に触れるなぁ!」
スフレ「おっと、野暮な事は止めてください。」
シルキィ「邪魔だ、どけえぇっ!」※攻撃
スフレ「そう怒らないでっ……いよいよなんだから……」※かわす
ナレーター2「ビオーシェの親指からドス黒い靄(もや)が吹き出し、ラセルの体を包んでいく。」
ラセル「うっ……ん……」
アルザ「ラセル様、お目覚めください。」
ラセル「……うぅ……ア、アルザ!?……」
アルザ「目が覚めて良かったです、ラセル様。」
ラセル「酷く気分が悪い、まるで悪夢を見ているようだ……
    頭がグラグラとして……そうだ……
    お前、無事だったんだな……!俺は、」
シルキィ「ラセル様ー!騙されてはいけません、アルザは裏切り者ですーっ!」※中が見えない黒い靄に向かって呼びかける
ラセル「シルキィ?遠くでシルキィの声が聞こえる……アルザが……裏切り……?」
アルザ「そんな。裏切りだなんて、酷いです。」
ラセル「ダメだ、頭が混乱して。なんなんだこの黒い靄は……
    ………そうだイース!イースはどこへ行った?」
アルザ「死にましたよ。」
ラセル「死んだ……あいつが?」
シルキィ「ラセル様っーー!アルザの正体は魔性、西の主です!」
ラセル「西の……主……?なんだ、なにがどうなっている……!
    シルキィどこにいるーーっ!…………
    ……俺の聞き間違いだろうか……?」
アルザ「ラセル様、落ち着いて。僕は給仕のアルザですよ?よく見てくださいよ。
    魔性になんて見えないでしょう?」
ラセル「……確かに……今まで見てきた魔性は、どこか人間とは違っていた……
    うん……お前は……俺の給仕、アルザだ。」
シルキィ「聞こえますか、ラセル様ーっ!今すぐにアルザから離れてください!」
アルザ「そうでしょう?もっと、よぉく見てくださいよ。
    この柔らかいクセ毛も、明るいブラウンの瞳も。」
ラセル「……?」
ナレーター2「そっとラセルの胸におかれたアルザの指先が、衣服を突き破り肌に爪をたてる」
ラセル「な、なにをするっ!?」
アルザ「ぅふふふ。ねぇ、もっと見てください。何か感じませんか?
    僕の事見覚えありません?全然覚えていませんか、この顔。
    ラセル様は僕の顔を僕と出会うより、もっと前から知っている。
    ねぇ、忘れちゃうなんて酷いじゃないですか。
    ねぇ、ずっと見ていてくれたでしょう。僕が息絶える、その瞬間まで……。」
ナレーター2「アルザは莞爾(かんじ)として笑った。ラセルはその顔に背筋が凍り付いた。」
ラセル「ば、馬鹿な……お前は、お前は、確かに、この手で……」
アルザ「ふふ、やっと思い出してくれた。」
ラセル「…………ビルマ……」
アルザ「全然気づいてくれないなんて、ラセル様は冷たいなぁ。」
ラセル「…………ぐぅっ……」
アルザ「でも、遅すぎましたね。親指は魅了の毒『処女宮の恋人(ラバーズ)』。
    胸に刻んだ爪痕から、もうじき心すら抗えなくなる。
    やっぱりお父様とそっくりなんですね、ラセルさまぁ。
    簡単に騙されてくれて、嬉しいな。」
ラセル「そんな馬鹿な……ビルマは、俺が、確かに、この手で処刑した……!」
アルザ「種明かし、しましょうか。ラセル様が殺した奴隷少年ビルマは僕の双子の兄です。」
ラセル「双子……?……父を暗殺したビルマの弟だというのか……?
    ……アルザ、全て偽りだったのか……?
    料理人になりたいと言ったのも……カザックを尊敬していたというのも……
    お前は……お前は……人間では……ないのか……?」
アルザ「人間ですよ。心臓病も、エメダ様のところでお仕えしていたというのも、全部本当です。
    僕は嘘偽り無く、アナタの可愛い可愛い給仕のアルザですよ。」
ビオーシェ「肉体だけはな。」
ナレーター2「愛らしく微笑んだアルザの顔が中心からビリビリと破れていく。
       破れた皮膚の中に、血塗れの美しい顔が覗いた。
       それは大きく見開いた瞳で、ラセルの事をギラギラと見据えていた。」
ラセル「あ、あ…あ……」
ビオーシェ「南の主リビアに縫合してもらった化けの皮、なかなか見事だったろう?
      クラリオン人ですら、この俺の正体を見抜けなかった。
      ははは………愉快痛快。」
ラセル「何故、こんな事を……!」
ビオーシェ「あの女があの男の元を離れてから、ずっと期を伺っていた。
      お前の魂を揺さぶり、精神を犯し、俺の傷跡を刻むつもりだった。
      だが、この状況は願ってもない幸運。しかもお互いにとってだよ。
      今のお前と俺ならば、お前の恋敵であるアノ男を滅ぼす事が叶うかも知れないぞ。」
ラセル「あの男とは…………北の主(あるじ)のことか……?」
ビオーシェ「ああ、そうだ。堕落しきったあの男を、玉座から引きずり降ろす道筋が俺には見えた。」
ラセル「馬鹿を言うな……!魔性の力など借りずとも俺は……俺の力だけで北の主を叩きのめす……!」
ビオーシェ「くっ……ははははは!南の力を宿した体で何をほざく。
      今、自身がおかれた状況を理解出来ているか?それとも既に頭がまわっていないかな?」
ラセル「ペラペラと軽口を叩くな卑怯者……っ!」
ビオーシェ「その卑怯者にお前は二度も敗れた。
      一度目は敬愛する父を暗殺されてチェックメイト。そして二度目が今だ。
      わかるか?全く似通った手口に二度も嵌められているんだよ。
      あれ程までに泣き叫び、怒り、後悔し、奴隷少年をその手で嬲り殺したあの時から
      ……お前はひとつも成長していない。」
ラセル「………っ……」
ビオーシェ「さて、そろそろ限界だろう?
      声も出せずにいる苦悶の様(さま)がとても愛しいよ、ラセル王。
      いくら抵抗したところで無駄だ。それに、迷う必要なんてないだろう?」
ラセル「……やめろ……!」
ビオーシェ「俺は既に喉元に喰らい付いている。
      ……ラセル、お前は決して逃れられない。」


シルキィM「あのドス黒い靄の中で何が起きている……ラセル様に俺の声は届いているのか……!?」
スフレ「そぉ〜れ!」※攻撃
シルキィ「ちいぃっ!」※防御
スフレ「ん〜、お見事。」
シルキィM「ヨミとツドイ元帥がこの場を離れてから10分くらい経ったか……?
      このまま時間まで西の副官の足止めをする事は出来そうだが……
      それだけではすまない……一刻も早くラセル様をお助けしなくては……」
スフレ「埒が明かないなぁ。もしかして、ツドイさんが戻ってくるまでチマチマ逃げながらやってるつもりです?
    まさかそんなセコイ事しませんよねぇ、ディルス国の将軍様ともあろうお方が。」
シルキィ「無論だ。副官程度に時間を割いてはいられない。一気にカタをつける。」
スフレ「ん〜、舐めていただいて大いに結構ですよ。いらっしゃい。」


○戦場からやや離れた茂み/ツドイがヨミに回復魔術を施している
ツドイ「ヨミ殿……あなたは若く優秀だ。
    こんなところで死んではならない……!」※回復魔術を施しながら
ヨミ「……私……ちっとも、優秀なんかじゃない……」
ツドイ「!……その調子です。いくら弱音を吐いてもかまいません。生きなさい。」
ヨミ「……自分が……嫌で、たまらない……
   今日、はっきりわかったの……やっぱり……
   私なんかじゃ……シルキィの側にいられない……!」
ツドイ「……少なくとも、私は貴女を高く評価していますよ。」
ヨミ「シルキィは優しいから……言わないだけ……
   全然釣り合ってないって、周りからいくら言われても……優しいから……」
ツドイ「私の意見は無視ですか。」
ヨミ「なんの魅力もなくっても……強くなれば……側にいられるって思ったけど……
   全然……ダメだったぁ……」
ツドイ「貴女は失礼な人だな。」
ヨミ「……だって、私結局……足手まといにしかなれなかったもの……」
ツドイ「私の意見を聞き入れろとは言いませんが、シルキィ殿の心を疑う事は失礼だと言っている。」
ヨミ「……だって……シルキィは……いつも全然、あっさりしてて……
   私が押しかけてるだけだから……」
ツドイ「受け入れてくれてるのでしょう。ああいう昔堅気の殿方は愛情をそうそう示さないだけです。
    あれだけの美男子が並み居る美女や貴族の求婚を蹴って、
    一途に貴女の側にいる意味を理解しておあげなさい。」
ヨミ「……私が無理を言ってるだけかもしれないです……」
ツドイ「やれやれ。怪我より心のケアの方が骨が折れるな。担当医は何をしている。」


シルキィM「噎せ返る血の匂い……幾度となく駆け抜けた死地。
 
      ベルサス王の激しい剣戟が今も俺の目に焼き付いている。
      あの躍動感、歪みなき騎神の魂、思い出すだけで血潮が沸き立つ。
      もっと速く!もっと重く!ベルサス王の剣よ、ほんのひとときで良い、俺の腕に宿れ!」※攻撃しながら
スフレ「ほっ、ほっ、うわあっと!」
シルキィ「逃がさんぞっ!」※間髪入れず
スフレM「まずいなぁ。なんだかドンドンテンションあがって強くなってきてる。
     これでツドイ元帥と合流されたらメンドクサイ事になるかも……」
シルキィ「はああっ!」※攻撃
スフレ「あっぶな!」
シルキィ「また、かわしたかっ!」
スフレM「まぁ、こっちはまだとっておきの隠し球があるけど……
     アレを出すのは最後の手段にしろって言われてるからなぁ。」
シルキィ「副官とは言え、さすがだ。俺をここまで翻弄するとはな……
     貴様に見せてやろう、ディルスの真の剣技を……
     ユイット『蒼き鉄蹄の輪郭(あおき てっていのコントゥール)』」※上段
スフレ「速いっ!(※かわす)……っまだ来ますか!?」
シルキィ「セット『朱に染まりし帆船の悔恨(あけにそまりし はんせんのルグレ)』」※中段
スフレ「うわっ!これは、まずいっ……」
シルキィ「シス『金獅子の誇り(きんじしのフィエルテ)』」※下段
スフレ「繰り糸よ、守れ!(※ガード)」
シルキィ「ぐっ……!」
スフレM「流れるように見えながら、一つ一つの技が恐るべき重圧!これは、たった一撃が致命傷になる……」
シルキィM「先読みされた……っ!
      この技をかわしきったのは、何度も訓練試合を重ねたヨミだけだったが
      一度も見たことが無いはずの、この男に先を読まれるとは……」
スフレ「やりますねぇ。でも今一歩、届かないようですね。」
シルキィ「はぁ……はぁ……」
スフレ「ふふ〜ん。結構消耗したみたいですね、もしかして今の連続技かわされると思ってなかったんですか?
    あれだけのエネルギー込められたら、こっちもそう簡単に当たるわけにはいきませんから。
    敬意を込めて、全力で避けさせてもらいましたよ。」
シルキィ「ふふっ……呼気の荒さに喉が焼け付く……コレだ………
     血の匂い、死の影がせまる、狂気……ベルサス王……!」
スフレ「あらら、ついにプッツンしちゃったかな?」
シルキィ「悪しき者よ、くらえええっ!」※攻撃
スフレ「精彩を欠いてますよ、やけくそですか?」
シルキィ「強い……!ああ、なんて懐かしい感覚だ……胸が熱くなる……」
スフレ「ほらほら、こっちも行きますよぉ!」※繰り糸の攻撃
シルキィ「ふんっ!こんな糸くずで俺をどうにか出来ると思うかあぁ!」※全て断ち切る
スフレ「う〜ん、確かに繰り糸はイマイチみたい。
    ……じゃあ、やっぱりコッチかなぁ。」
ナレーター「スフレがヨミの形をしたマリオネットを作り出す。」
スフレM「マリオネットだとバレていても、視覚的には恋人と全く同じ姿形です。
      多少はやりづらさを感じるでしょう。
     ここでメンタルを揺すぶってやれば、人間ってのは面白いくらい簡単に堕ちる……」
ヨミ「シルキィ、お願い。助けて……西の副官にまた捕らわれてしまったの……!」
シルキィ「そう何度も同じ手を食うか!消えろっ!」※ヨミのマリオネットを切る
スフレ「なっ……!なんのためらいもなく!?嘘でしょ。」
シルキィ「ヨミがあんな事を言うはずが無い!不愉快極まりない貴様の悪趣味に付き合うのはもう限界だ!」
スフレ「だめだこりゃ。精神攻撃も効かないくらい気が荒くなっちゃってる。」
シルキィ「戦場において、正気な者などいるものか……人が人を殺す場所だ。
     誰も彼もが常軌を逸する……それが……戦場。
     理屈や論理で押し切れぬ……魂と魂の戦さ場だ……!」
スフレ「さすが将軍様、戦いの狂気を心得ていらっしゃるわけだ。」
シルキィ「……己の志ひとつ……ただ、それだけが芯となる……
     あとは……より強い者が生き残るのみだ……っ!」
スフレ「なるほどなるほど、より強い方の勝ち……つまり、僕の勝ちという事ですね。」
シルキィ「……ぬかせ……ディルスの魂、魔性ごときに決して打ち破れるものではない……
     戦士の魂は、死地の恐怖を乗り越えてなお燃え上がる・・・はああああああ・・・・・・!
     ベルサス王の剣に……騎神の加護あれ……いざ、参る!」※踏み込む
スフレ「……っ!?どこに……これはマズイ……繰り糸よ、僕を守れ!」
シルキィ「切り裂けぇ!
     8手、ガグンラーズ(勝利を決める者)」※スフレの四肢を引き裂く
スフレ「ぐああああああああああああ!!!!!
    僕のガードを……貫いてくるなんてっ……!
    ……ち、畜生……聞いていたのに……その……ディルスのお家芸……!」
シルキィ「はぁ……はぁ……
     ……知っていたか『禁じ手』を。」
スフレ「でも、それは自らの肉体を再起不能なまでに酷使する……諸刃の剣なはず……!」
シルキィ「その通り。だから俺が扱えるのは8手のみだ。」
スフレ「……そんなの……知らない……ビオーシェ様……っ……」
ナレーター「引き裂かれたスフレの四肢は、赤い塵となって空中に掻き消えた。」
シルキィ「はぁ……はぁ……」
ヨミ「シルキィーー!」
シルキィ「!?………ヨミ!ツドイ元帥!」
ヨミ「シルキィ、すごい!西の副官を倒しちゃうなんて!」
シルキィ「ヨミ、何故ここに……この戦を離脱するはずでは……?」
ツドイ「どうしても聞き入れてもらえませんでした。」
シルキィ「ヨミ!」
ヨミ「怒らないで!……お願い。私、ここから逃げ出したら、今度こそ、どこにも居場所が無くなっちゃうの……」
シルキィ「……今はそんな事を言ってる場合ではない、あそこに西の主が……!」
ビオーシェ「随分と好き放題やってくれたようだな……」
3人「!」
ビオーシェ「俺の可愛い副官が消滅してしまった……」
ラセル「そう肩を落とす事でもなかろう。あの程度の者ならば……」
ビオーシェ「口を慎んでくれるか?スフレは一番のお気に入りだったんだ。」
ラセル「あな恐ろしや。」
シルキィ「ラセル様の様子がおかしい……」
ツドイ「……ラセル王から、魔性の匂いがする……」
ヨミ「それって………まさかラセル様が……魔性と契約を……?」
シルキィ「そんな馬鹿な事があると思うか!」
ツドイ「しかし、あの禍々しさは……どう説明される?」
シルキィ「西の主に操られているに違いない。」
ヨミ「そ、そうだよね!」
ビオーシェ「可愛い部下の恨み、晴らさせてもらうかな。ラセル、手伝ってくれるか?」
ラセル「何故我が貴様の為に骨を折らねばならぬ。部下の仇討ちなれば尚更、自身で晴らせば良かろう。」
ビオーシェ「随分な態度だな。誰のおかげでその力を巡らせていられる?」
ラセル「ほう脅すか。」
ビオーシェ「不完全な体を俺の協力で維持できている事を忘れないで欲しいという嘆願だよ。
      それに、その体でどれだけ動けるのかを見てみたい。
      自分でも試したいとは思わないか?」
ラセル「ふん……それは確かに。」
ビオーシェ「わかってくれて嬉しいよ。」
シルキィ「ラセル様!一体何があったのですか!早くコチラに!」
ラセル「そなたはシルキィ……だったか。それとツドイ、ヨミ……
    あぁ、懐かしい記憶だ。遥か遠く、波の彼方に浮かぶ島国のように、薄い。」
シルキィ「……!」
ツドイ「さて、どうしましょうね。」
シルキィ「……ラセル様が操られているなら、西の主を倒すしかない。」
ツドイ「しかしラセル王も臨戦態勢のご様子ですよ。」
ヨミ「攻撃をかわすのなら、私得意です。ラセル様は私がひきつけますから
  
   その隙にシルキィとツドイさんで西の主を……!」
シルキィ「よし。それで行こう。」
ツドイ「……承知。」
ビオーシェ「3対2ではコチラの分が随分悪いな。正義の心が痛まないか?」
ツドイ「悪いが、そんな事を言っていられる相手ではない。
    100人がかりだろうと、貴様を倒せる気がしてないのでね。」
ビオーシェ「それは良くない。そんな引け腰ではとても勝負にならないぞ。」
シルキィ「それは同感だ。ツドイ元帥、どのような相手であろうと『勝つ』と決めたら『勝つ』。
     必ず成し遂げましょう。」
ツドイ「ディルス人の思考はシンプルすぎて、ついていけませんよ。」


ラセル「−つむぎくげ−」※針の装備
ヨミ「1,2,3……」
ラセル「そうか、艶(えん)なる剣舞……朧気な記憶が蘇る。」
ヨミ「ラセル様!どうして魔性に協力しているんですか!
   魔性を倒すために、今まで頑張ってきたのに!」
ラセル「魔性という種族自体を恨んではおらぬ。
    消したい者が魔性というだけのこと。」
ヨミ「人を娯楽のために殺すような奴等ですよ!
   目を覚ましてください!」
ラセル「それは人とて同じ。対象が変われば魔性となんら変わらぬではないか。」
ヨミM「ダメだ……全然わかってくれない……
    今までのラセル様とは本当に変わってしまったんだ……!」
ラセル「−四ノ三半(しのさんはん)−」※無数の針がヨミを襲う
ヨミ「2,3,4!」
ラセル「見蕩れるぞ……双無(そうな)き舞姫よ。」
ヨミM「と、とにかく今は時間を稼がないと……
    役に立たないって思われたって、それでも私はやっぱり、シルキィが好き。
    シルキィとツドイさんが西の主を倒すまで余計な事は考えないで
    ラセル様の攻撃をかわす事だけに集中するぞ!」


ツドイ「TIREOH (ティールエオー)」※強化の魔術。
シルキィ「ツドイ元帥、この光は!?」
ツドイ「『双神の加護(そうしんのかご)』端的に言えば肉体強化の魔術です。」
シルキィ「有り難い!」
ツドイ「(※小声で)良いですか……3歩進んでから目眩ましを出します。
     激しい閃光を伴いますが一瞬です。即座に攻撃してください。」
シルキィ「(※小声で)わかりました。」
ビオーシェ「何をこそこそ話している。狡(ずる)いじゃないか。」
ツドイ「……SIGELNIED(ソウイルニイド)」※激しい閃光と爆発
ビオーシェ「ぐっ!」
シルキィ「今だぁっ!」
ビオーシェ「ぐふぅ!」
ツドイ「当たった!」
ビオーシェ「う………ぅん……」
シルキィ「くそ……人間の肉体とは違う、驚くほど固い……」
ビオーシェ「さすがに魔術強化されていると堪えるな。痛かった。」
シルキィM「……まだまだ削れていない。この程度では……!」
ビオーシェ「オレイカルコスか。良い武器を使っているな。
      加えてクラリオン元帥の魔術援護も厄介だ。」
ツドイ「シルキィ殿、手応えは?」
シルキィ「強化魔術のおかげで、力は漲っていますが
     魔性の体に致命傷を与えるには及びません。
     どうにか大技をぶつける隙を作らないと……」
ツドイ「ならば良い魔術があります。3秒程ですが、姿を消す事が可能です。」
シルキィ「!……それなら、私の持つ最大の技を正面から叩き込んでやれます!」
ツドイ「ただし、かなり消耗が激しい術です。一度で決めてくださいよ。
    準備が出来たら、合図を。」
シルキィ「了解です。」
ビオーシェ「殺意に満ちたエメラルドグリーンの瞳、逆立つブロンド……
      やはり麗しいな、シルキィ将軍。まるで野に放たれた金色の獅子のようだ。
      ……出来れば傷つけたくない。」
シルキィ「私は正直、貴様の声色も視線も身の毛がよだつ。1秒でも早くこの戦いを終わらせたい。」
ビオーシェ「またつれない事を。改めて言うが、ガラ空きになってしまった俺の隣に来る気はないか?
      スフレがいなくなって俺も寂しいんだよ……悪いようにはしない。」
シルキィ「くどい!」※攻撃
ビオーシェ「ふんっ!……口で言っても理解できぬか。」※止める
シルキィ「ぐっ……押し込むっ!」※鍔迫り合い
ビオーシェ「やはり体に教えてやるほか無いようだな。
      俺の誘いを断るなどという選択肢が、存在しないという事を!」    
シルキィ「負けるかああああっ!」※鍔迫り合い
ビオーシェ「猛々(たけだけ)しい生命力!燃やせ燃やせ!全てを奪ってやる!」※跳ね除ける
シルキィ「がああっ!」
ビオーシェ「跳ね除けるのも一苦労だ。熱く重い魂、どうしてもソレを手に入れたい。」
シルキィM「今一度、俺の手に宿れ……ベルサス王の剣よ…………!」
ビオーシェ「これは、前宰相が死ぬ前の空気によく似ているな。
      出すのか?東の主を退けた技……『禁じ手』を。」
シルキィ「!……見ていたんだったな。貴様は……
     ……カザック様が倒れる姿も……
     ……ラセル様が憔悴しきった姿も……!」
ビオーシェ「あの技は凄かったな。生身の人間があそこまで出来るとは思わなかった。
      しかも、魔術による強化を受けたシルキィ将軍とオレイカルコスの武器で
      あの禁じ手を使われたとなれば……さすがの俺でも危ういかもしれない。」
シルキィ「そう言う割には、随分と余裕の表情に見えるな……」
ビオーシェ「そんな事は無いさ。残念ながら元々こういう顔なんだ。
      アルザのように怯えた可愛い顔の方が得だったなぁ。」
シルキィ「貴様の犠牲になったアルザという少年も、どれだけ無念だった事か……
     醜穢(しゅうわい)なる手口に踏み躙られたラセル様の怒りも、ヨミの悲しみも、
     全て俺が、俺が今ここで葬ってやる!はああああああああっ!」※攻撃
ビオーシェ「熱い熱い。熱さ最高潮。」※防御
シルキィ「ツドイ元帥!頼みます!」※合図
ツドイ「TIR・THORN(テイワズソーン)」
ナレーター「ツドイが魔術を発動すると、雷鳴が響き渡り、天から数多の光の刃が降り注ぎビオーシェを襲った。」
ビオーシェ「がっあああああああ!」
ナレーター「同時に、シルキィは魔術により姿が見えなくなっていた。」
ビオーシェ「……はぁはぁ、ぐっふふふ。
      姿を消す魔術まで操るか元帥……万事休すぅ……」
シルキィ「これで終わりだ西の主!8手!ガグンラ……!」
ナレーター「シルキィは完全にビオーシェの懐に入り込み、一撃の下に葬れるはずだった。
      しかし、それは出来なかった。シルキィの剣を持つ手が震える。」
シルキィ「………っ………」
ビオーシェ「どうした、やれよぉ……?」
ナレーター「シルキィはビオーシェを睨み付けながらも、剣を振り下ろす事が出来なかった。
      目下のビオーシェが瀕死のレイスにがっしりと組み付いていたからだ。」
ツドイ「レ、レイス様ーーーっ!」
ナレーター「ツドイ元帥の悲鳴にも似た呼び声が辺りに響いた。
      魔術の後遺症により生死の境を彷徨っていたレイスを拉致したのは西の魔性だったのだ。
      あまつさえ瀕死のレイスを、自らの盾にする西の主ビオーシェ。
      鳴りやまぬ雷鳴が、幾度も黒い空を奔(はし)った。
      次回、魔性の傷跡第24話。ご期待ください。」  
 
fin

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