誇り高きクラリオンの元帥・ツドイ。

これは、彼女が15歳……

クラリオンの王妃、エルザータと初めて出会った頃の物語。


「ツドイ。貴女の命は私が貰い受けます。」




魔性の傷跡 第18話 『遠き日の笑顔』

魔性の傷跡
第18話『遠き日の笑顔』

♂3♀4
ツドイ(15歳)♀:若き日のツドイ。神官の娘。
ツドイM(35歳)♀:現在のツドイ。クラリオンの元帥。
カリン(44歳)+エルザータ(23歳)+女2♀:ツドイの母/クラリオンの王妃
タニア(23歳)+女1♀:魔性のクォーター。人間として生きている。
ヨハン(19歳)+ナレーター♂:資産家ジルの息子。
ナレイル(45歳)♂:ツドイの父。エストラル神殿の神官。
ブラウ(38歳)♂:訓練場兼魔法具店の店主。

【役表】
ツドイ(15歳)♀:
ツドイM(35歳)♀:
カリン(44歳)+エルザータ(23歳)+女2♀:
タニア(23歳)+女1♀:
ヨハン(19歳)+ナレーター♂:
ナレイル(45歳)♂:
ブラウ(38歳)♂:


【ツドイ自宅】

ナレイル「皆、お祈りは終わったか?では、いただこう。」

ツドイM「父の一言を合図に我が家の食事は始まる。

      わずかな穀物が入った薄い味付けのスープ。小さなパンが一つ。

      この変わり映えのない食事を前にする時、私達はいつも十字の水晶に向かって祈りを捧げた。

      当時、私は15歳。我が家の収入はゼロに等しかった。」

ナレイル「さて、じゃあ行ってくるよ。」

カリン「行ってらっしゃいませ。」

ナレイル外出

ツドイ「ごちそうさま。」

カリン「ツドイ・・・足りた?」

ツドイ「うん。」

カリン「・・・お母さん、食べ切れなかったから残り食べてちょうだい。」

ツドイ「・・・いいの?」

カリン「(優しく)食べなさい。」

ツドイ「うん。」

※母の分のスープも食べる。

ツドイ「ごちそうさま。」

カリン「ごめんね、貴方まで働かせる事になってしまって・・・」

ツドイ「いいの。仕事面白いわ。魔術の勉強にもなるし。」

カリン「ツドイが優秀なのは、母さん鼻が高いけど……。本当にあの事さえなければ・・・」

ツドイ「その話はもうやめましょ。父さんは悪くないもの。あぁ、もうこんな時間。行ってきます!」

カリン「行ってらっしゃい。」


ツドイM「私は学費を稼ぐため、仕事をしていた。

     うちがこのように貧しくなったのには理由がある。

     我が家は由緒正しい神殿を守る家系で、今までお金に困ったことはなかった。
 
     数年前、父は知人が新しい商売を始めるというので資金を若干援助した。

     そう大きな金額を出したわけではなかった。しかしいつの間にか契約を摩り替えられ、

     財産を吸い上げられていた。そして、気づけば父は莫大(ばくだい)な借金を抱えていたのだ。」

【ブラウの店】

ブラウ「お、ツドイ。こんな遅くまで残ってたのか。」

ツドイ「すみません、魔法具の修理が終わらなくて。」

ブラウ「そりゃ、ありがてぇけど…時給は定時までしか出せないぜ?」

ツドイ「いいんです。勉強になりますので。」

タニア「あら、皆さんまだ残ってたんですか。」

ブラウ「おお、タニアちゃんどうした?」

タニア「ちょっと忘れ物しちゃって。」

ノック

ブラウ「なんだ、こんな時間に客か?」

ヨハン「(入り口の向こうから)すみません、開けてもらえませんか!」

ブラウ「もうしまいだってぇのに。(開ける)はいよ?」

ヨハン「夜分すみません。明かりがついていたので。

    もうどこの店もやってなくて。」

ブラウ「そらそうだ。何時だと思ってやがんでぇ。」

ヨハン「どうしても今夜中にエレキアが5つ欲しいんです。
  
    売っていただけませんか。」

ブラウ「エレキア?なんでまたあんなもんを。」

ヨハン「親族が亡くなりまして・・・明日、早朝の儀式から必要なんです。」

ブラウ「ミシタグル式かい!このご時世にめんどくせぇことするなぁ。」

ヨハン「お願いします。」

ブラウ「悪りぃがエレキアは今倉庫の奥底だし、勘定も締めちまって・・・」

ツドイ「私とってきますよ。」

ブラウ「あ?ありゃ重いぜ。女の手じゃ無理だ。」

ツドイ「大丈夫です、最近は甲冑4つくらい抱えられるんです。」

ブラウ「ほー、やるなぁ!」

ツドイ「勘定の方も私やっときますよ。」

ブラウ「しっかしなぁ・・・」

ヨハン「ありがとうございます!では、お代は30万コードお支払します。」

ブラウ「あ?」

タニア「え?」

ツドイ「そ、それは多すぎる。相場の5倍・・・」

ブラウ「いやぁ〜、坊ちゃんお目が高い!うちのエレキアときたら

   そんじょそこらのエレキアじゃねぇ。もってけどろぼー!」

ツドイ「店長!」

ヨハン「(ツドイへ)いいんです。(ブラウへ)とても困っていたんです、感謝します。」

※エレキアを売却、ヨハン去る。

ブラウ「ふふふふぅ♪思わぬ上客だったぜ。」

タニア「結構いい男でしたねぇ。」

ブラウ「ありゃ、どっかのお貴族様だ。今時ミシタグル式の儀式なんて

   相当めんどくさい家柄だぜ。タニアちゃんには重いな。」

タニア「あら、遊ぶだけなら家柄なんて関係ないですよ♪」

ブラウ「お〜怖い怖い、魔性の女だぜ。」

ツドイ「私そろそろ失礼します。」

ブラウ「おぉ、気ぃつけてな。」

タニア「あら、ちょっとくらい危ないことがあったほうが夜は楽しいんですよ。」

ブラウ「おいおい。」

ツドイ「じゃあお先に…」

※ツドイ店を出る。すると物陰からヨハンが現れる。

ツドイ「あ、あれ?・・・さっきの。」

ヨハン「こんばんは、さっきはありがとう。」

ツドイ「あ、いえ。たいしたことでは。・・・あの」

ヨハン「君の名前を知りたくて。」

ツドイ「え?」

ヨハン「君、今僕が何故ここに立っていたのか聞くつもりだったでしょ?」

ツドイ「あ・・・。」

ヨハン「だから。君の名前を知りたくて。」

ツドイ「・・・あ、あの。」

ヨハン「あ、失礼。僕としたことが自分が名乗ってなかったね。

    僕はヨハン。ヨハン=ヴィルバート。」

ツドイ「ヴィルバート・・・」

ヨハン「君は?」

ツドイ「私は・・・ツドイ・・・」

ヨハン「ツドイ、ツドイか。芯のある響きだ。ツドイ今日はありがとう、またね。」

ツドイM「ヨハンの後ろ姿が夜の闇に消えるまで私は立ち尽くしていた。

     わずかに鼓動を早めた胸と同時に、私の心の影もまた広がっていった。

     ヨハン=ヴィルバート。満面の笑みで名乗ったヴィルバート家の名には
  
     聞き覚えがあった。クラリオン有数の資産家ジル=ヴィルバート。

     しかし私にはもう…笑顔で名乗れる名は無かった。」


女1「見て、あの子エストラル神殿の子よ。」

女2「こんな遅くに神官の子がなにしてるのかしら。」

女1「ほらあれよ、大神官が借金・・・」

女2「ああ、それで夜の仕事・・・」


ツドイM「好きに言えばいい。恥じることなどしていない。

     私達は何一つ神にそむいてなどいない。

     どんな侮辱も侮蔑も一時のもの。

     私達はいつか、救われるのだ。」


【ツドイ自宅】

ナレイル「ツドイ、それは祈りというものをはき違えている。

     いいか?我らは毎日あの十字の水晶に向かって祈るね。

     それにはどんな意味が込められていると思う?」

ツドイ「みんなが、幸せになるため・・・…?」

ナレイル「うん、間違いではない。希望のためなんだよ。人類の希望のためだ。

     魔性の事はツドイも知っているね?その昔、我ら人間は魔性を前に成すすべなく、ただ恐れを抱くことしか出来なかった。

     魔性に虐げられた人々は、ただ願った。『魔性に脅かされぬ愛と平和と喜びを』そうして十字の水晶は作られた。

     その祈りを持って、今や魔性に対抗しうる唯一の国家と呼ばれている。

     クラリオンの永き祈りの果て、十字の水晶の輝きは天の力を得て、悪しき闇を討ち滅ぼすとされている。」

ツドイ「…天の力…」

ナレイル「そう、天の力だ。さぁ祈ろう。」

ツドイM「そう微笑んだ父の頬はひどく痩せていた。

     父はこの1年で10も年をとったのではないだろうか。

     借金まみれの神官のところに誰が祈りに来るのだろう。

     今日も一日教会にいた父は、一体何をしていたのだろう。

     私は希望の光よりもパンが欲しかった。」

【ブラウの店】

ヨハン「やぁ。」

ツドイ「また、あなた。」

ヨハン「すごいね、ここ訓練場も兼ねてるんだ。」

ツドイ「どちらかと言えばショップが付属だけど・・・」

ヨハン「それにしても騒々しいな、おお。すごい威力!」

ツドイ「あれは増幅した魔術。ソーンは停止の印(イン)。

    そこにイサイス、冷気と浄化の印を合成して…

    ほら、また。あの人、魔力は弱いけど、印が手早いからいつも増幅を使う。

    増幅した冷気は、蒼く澄んだ氷の魔術を生み出す。すごく綺麗…」

ヨハン「詳しいんだね、エストラル神殿ではそういう事も教えてもらえるのかな?」

ツドイ「・・・・・・・・・なぜ。」

ヨハン「調べちゃった。」

ツドイ「・・・」

ヨハン「怖い顔しないで。今日仕事が終わったら、ちょっと話出来ない?」


※ツドイ帰り支度をしている

タニア「あれぇ、ツドイさん今日はもうあがり?」

ツドイ「すみませんが」

タニア「デート?」

ツドイ「そんなんじゃありません。」

タニア「でも最近この前の人しょっちゅう来てるよねぇ。あやしいなぁ。」

ツドイ「そんなんじゃありません!」

タニア「なによ、急にムキになって。」

ツドイ「あ、すみません。あの、タニアさん…ほんとに、そんなんじゃないんです。それじゃ。」

タニア「・・・ふぅん。」


【人気のない広場】

ヨハン「来てくれると思ってた。」

ツドイ「うちの、エストラルの事を知ってるの。」

ヨハン「うん。調べる手段はいっぱいあったよ。」

ツドイ「……」

ヨハン「お父さん大変そうだねぇ、借金が7000万コードかぁ・・・

    言っちゃなんだけど、返済は難しいよね。まぁ最後の手段は残ってるけど・・・」

ツドイ「・・・やめて。」

ヨハン「嫌だよねぇ、代々守ってきた大事な神殿を手放すのは。」

ツドイ「私がなんとかするわ!貴方にとやかく言われる筋合いない。」

ヨハン「そう。君がなんとかするしかない。(ツドイの顎を持ち上げる)」

ツドイ「な、なんですか!(振り払う)」

ヨハン「うん。やっぱり君の高潔さは紛れもなくエストラルの血筋。

    ねぇ、失礼は承知だけど…君は純潔だろ?」

ツドイ「なっ・・・なんでそんなこと…!」

ヨハン「はは、図星だね。わかりやすくてありがたい。

    君はさ、男が女に何を求めるのか…考えたことある?」

ツドイ「・・・え?」

ヨハン「最も大切なもの。それはね『誠実さ』だよ。」

ツドイ「・・・何の話をしてるの?」

ヨハン「男と女。それが番(つが)いだとするならば、現実的に言えばその関係は『夫婦』だ。

    夫婦とは信頼関係だ。信頼関係とはお互いの『誠実さ』から生まれる。

    僕はヴィルバートの家系であるがゆえに、見せかけの信頼関係の恐ろしさを知っている。

    だから僕は他のどんな男よりも『誠実さ』を女性に求めるんだ。

    君の血には濁りがない。そう、エストラルほど神官にふさわしい名は他には無いんだ。

    ……だから僕は君が欲しい。」

ツドイ「・・・な…え?そ、そんな事・・・急に言われても・・・」

ヨハン「エストラル家に受け継がれている強い魔力もヴィルバート家にはないものだ。

    わかるかな?僕にとって君は…すごく魅力的なんだよ、ツドイ。」

ツドイ「あの・・・私…困ります…」

ヨハン「逆ならわかるだろ?君にとっての僕は、申し分ない存在だってこと。

    こう言っちゃなんだけど、ヴィルバート家からすれば7000万コードなんて…(苦笑)。」

ツドイ「・・・」

ヨハン「ツドイ誤解しないでおくれよ?僕はただ君を苦しみから救いたいと思っているんだ。」

ツドイ「苦しみ・・・」

ヨハン「ねぇ、どうして答えを迷うのかな、僕の事が嫌いかい?」

ツドイ「・・・嫌いだとか、考えた事がない。」

ヨハン「・・・・・・他に好きな人がいる?」

ツドイ「・・・・・・そういう、わけでは・・・」

ヨハン「わかったよ、ツドイ。じゃあこうしよう。僕は1週間だけ待つ。

    そしてその間、毎日君の店に行くことにする。君に花を届けるためだ。

    そうだな、君に似合う白いラナンキュラスにしよう。

    君がもし良いと思った時。その時は受け取って。」

ツドイ「・・・良いと思わなかったら?」

ヨハン「一週間後、僕は君の事をきっぱりと諦める。無理強いは嫌いなんだ。お互い幸せになりたいでしょ?」

ツドイ「…わかった。」


【ツドイ自宅】

カリン「ツドイ、母さんの分も食べて頂戴。」

ツドイ「いらない。母さん、最近痩せたわ。父さんもだけど、母さんの方がずっと痩せてる。」

カリン「あまり欲しくないのよ…」

ツドイ「食べて。私はまかないとかも出てるから大丈夫だから。」

カリン「…ありがとう。」

ツドイM「今になってわかるのは、母はあの薄いスープも小さなパンも全く食べていなかったのだということ。」


【ブラウの店】

ヨハン「はい、これプレゼント。」

ツドイ「…ペンダント?」

ヨハン「そう。花は受け取ってくれなくてもいいよ、でもこっちはもらって?ほら、僕とお揃い。

    この水晶には強い魔除けの効果もあるんだ。うちはあんまり魔力の強い家系じゃないからね。」

ツドイ「もらえない、花だってこんなにいっぱい店におかれて…溢れかえってしまってるのに。」

ヨハン「そう言わないで、つけてあげるよ。…ほら、よく似合う。あ、こんにちはタニアさん。」

タニア「すごい、最近ヨハンさん毎日ですねぇ。私お花もらっちゃっても良いですか?」

ヨハン「はは、どうぞ。ツドイに受け取って貰えなかった可哀相な花達ですけどね。

    じゃあまた明日ね。ツドイ。」

※ヨハン去る

ブラウ「けっ。真っ白シロで嫌になっちまうぜ。ツドイ、あんなキザな男やめとけよー。」

タニア「あら、なんでですか?良い男なのに。」

ブラウ「ああいうキザ野郎は嫁を可愛がるのは最初だけで、すぐに他で女作ってまわるって100年昔から決まってんだよ。

   その点、俺みたいなタイプは良いぞ〜!真面目に働くし浮気もそんなにしねぇし」

タニア「う〜ん、このラナンキュラスとっても良い香り。私ならすぐお返事するのになぁ。」

ブラウ「体力はあるし、頭はいいし、顔もよく見ると目が可愛いって言われるし」

ツドイ「私、ヨハンさんって…なんか…よくわからないんです。。」

ブラウ「学生の時は成績優秀で、魔法演習なんかじゃクラスメイトをちぎっては投げ!ちぎっては投げ…」

タニア「よくわからない?」

ツドイ「なんていうか…好かれてるって思えない…」

タニア「え?」

ブラウ「というような、この俺の武勇伝をも〜〜っと聞きたいならば今夜しっぽり飲みに行くかい。タニアちゃん♪」

タニア「ごめんなさい、今夜はデートが入ってるんです。(にっこり)」

ブラウ「ちっ、もう!つまんねぇなぁ!」



ヨハン「えぇ、20歳の誕生日には間に合いますよ。

    独身だと社交界では何かと不便な事も多いですからね。わかってますよ。

    あぁ、この前の娘は止めました。純潔というのは嘘でした。
    
    今度はエストラル神殿の娘ですよ、血筋は申し分ないでしょう。

    大丈夫です、金の問題なんて金次第でどうとでもなる。その事は父上が教えてくださったんじゃないですか。

    むしろ好機ですよ。有料物件を安く買い叩ける。絶対モノにします。」


※ツドイ店の後片づけをしている。


ツドイ「あれ…タニアさん?もうあがったんじゃ?」

タニア「帰らないわよ、今夜はデートだから…ツドイさんと。」

ツドイ「え?」

タニア「ねぇ、ツドイさん。お願いがあるの。」

ツドイ「なんですか?」

タニア「彼を譲って?」

ツドイ「え?…ヨ、ヨハンさん…ですか?」

タニア「そう。いらないなら頂戴よ。」

ツドイ「そんなの、無理ですよ。物じゃないんですよ。」

タニア「ふぅん…(ツドイに歩み寄る)」

ツドイ「…あの。」

タニア「……そっか…厄介ね。」

ツドイ「あの、ヨハンさんは…あと2日たったら来なくなります。」

タニア「2日?どうして?」

ツドイ「そういう約束なんです。一週間たっても私が花を受け取らなかったら、

    きっぱり諦めるって。」

タニア「ふぅ〜ん…どうして?どうして受け取らないの?」

ツドイ「それは…」

タニア「貴方の家、借金すごいんでしょ?貴族と結婚なんて願ったり叶ったりじゃないの?」

ツドイ「……」

タニア「男が怖い?」

ツドイ「……」

タニア「そっかぁ。…時間の問題ね。」


【ツドイ自宅】

ナレイル「カリン、カリン。」

カリン「あなた…?私一体…」

ナレイル「玄関で倒れていたんだよ。大丈夫か?」

カリン「あ…そういえば、昼間…急にクラッとして…」

ナレイル「すまない…苦労をかけて…」

カリン「…あなたが悪いわけではないわ。」

ナレイル「本当にすまない…。私は何があっても…この神殿を手放したくはないんだ…」

カリン「えぇ、わかっていますよ…あなた。」


ツドイM「タニアから言われた言葉は、私の心を揺さぶった。

    『男が怖い?』そう、そうなのかもしれない。私はただ怯えているだけなのかもしれない。
   
    ヨハンの事を好きじゃないとか、まだ早すぎるとか、愛を感じないとか…

    頭の中でもやもやした考えをずっと巡らせていたけれど

    そんなのは全て言い訳で、私はただ男の人を怖がっているだけなのかもしれないと。」

【ブラウの店】

タニア「ヨハンさん♪」

ヨハン「あ、タニアさん。」

タニア「お花、今日も受け取ってもらえなかったんですね。」

ヨハン「えぇ、でも今日はちょっといつもと違う感じがしたなぁ。」

タニア「私昨日ちょっとツドイさんとお話しましたから。ヨハンさんの事。」

ヨハン「え、それは怖いなぁ。何を言われたんだろう。」

タニア「良い話だと思いますよ。」

ヨハン「ほんとですか?」

タニア「えぇ。私の方がツドイさんよりヨハンさんを好きってお話ですから。」

ヨハン「…おっと。これはびっくりだなぁ…」

タニア「迷惑ですか?」

ヨハン「僕は今ツドイさんに求婚中ですから。」

タニア「それはわかってますよ。別に私と結婚して欲しいわけじゃないんです。」

ヨハン「…どういう事ですか?」

タニア「遊びでも良いの。」

ヨハン「…へぇ。」

タニア「良いお話だと思いません?」

ヨハン「魅力的なお話ですね。でも止めておきます。」

タニア「…何故?何も損しないと思うけど。」

ヨハン「貴女には騙されてしまいそうで怖いから。

    僕の理想は真面目で誠実な女性なんです。悪いけど、そういった女性を騙したい願望があるのでね。」

タニア「……失敗しちゃった。」

ヨハン「そうですね。」


【ツドイ自宅】

※カリン寝たきりになってしまっている。

ナレイル「カリン大丈夫か。」

カリン「えぇ…ごめんなさい、動けなくなってしまって。」

ナレイル「気にするな。」

ツドイ「そうよ母さん。誰も悪くないわ。」

カリン「…そうだねぇ。」

ツドイ「父さん、母さん。急にこんな事言ってびっくりするかもしれないけど、私…借金を無くせるかもしれない。」

ナレイル「何を馬鹿な事を。」

ツドイ「本当なの!」

ナレイル「止めなさい。…そんな上手い話は本当だとしてもロクなものじゃない。」

カリン「そうよ、ツドイ。変な事はおよしなさい。」

ツドイ「貴族から求婚されてるのよ…!」

カリン「!」

ナレイル「!」

ツドイ「ねぇ、素敵でしょ?私結婚するのよ。貴族と。もうお金に困ることなんてないわ!」

ナレイル「(ツドイの頬を叩く)」

ツドイ「…どうして…?」

ナレイル「恥ずかしいと思いなさい。」

ツドイ「どこが?どこが恥ずかしいの?みんな幸せになれるじゃない!」

ナレイル「それを幸せというのか?そんな教育を父さんはしてきたか?」

カリン「ツドイ…母さんは今、幸せよ。どんなに貧しくても、こうやって家族で一緒にいられるんだもの。

    お金に目がくらんで、身売りをするような事だけは絶対止めて頂戴。」

ツドイ「………だって……だってしょうがないじゃない!生きていけないもの!(走り去る)」

ナレイル「ツドイ!待ちなさい!」

カリン「ツドイ…!ゴホッゴホッ…」

ナレイル「カリン!カリン大丈夫か!」

ツドイM「その夜、私は家には戻らなかった。」


【ブラウの店】
※翌日の勤務時間終了後

ブラウ「ツドイ、明日でこの花はしまいだったか?」

ツドイ「はい。」

ブラウ「おー良かった。客にサービスで配ってたらすぐ無くなっちまうとはいえ、いい加減うんざりしてたんだ。」

ツドイ「すみません。」

ブラウ「で?あのキザ野郎への返事はどうするんだ?ここはスパッと気持ちよく『お断りします!』って」

ツドイ「受けようと思うんです。」

ブラウ「はぁ!?」

ツドイ「…ちょっと気が変わったんです。」

ブラウ「女心と秋の空〜…ってのはホントだねぇ。オッサンわかんねぇわ。」

ツドイ「ちょっと、今日は早くあがりますね。両親に反対されてて…今夜は説得したいので。」

ブラウ「ああ、おつかれさん。」

※ツドイ帰る。

タニア「ブラウさ〜ん♪」

ブラウ「おお、タニアちゃん。おつかれ。」

タニア「私、ちょっとブラウさんにお話があるんです。」

ブラウ「なんだなんだ、おっさんワクワクしちまうな。なんなら一杯飲み行くか!」

タニア「ふふ…ここがいいんです。(ブラウの首に手をまわす)」

ブラウ「おぉ。タ、タニアちゃん…?」


【ツドイ自宅】

ツドイ「ただいま。」

ナレイル「おかえり。」

ツドイ「昨日は…ごめんなさい。」

ナレイル「夜は冷えただろう。風邪でもひいたら大変だ、以後気をつけなさい。」

ツドイ「…ごめんなさい…。」

ナレイル「食事が出来てるよ、食べなさい。」

ツドイ「父さんが作ったの?こんなにいっぱい…」

ナレイル「これで仲直りしようと思ってな。

     まあ、あまり上手くは出来なかったかもしれないが。」

ツドイ「そ、そんな事ない!母さんは?母さんも食べられないかな…」

ナレイル「寝ているよ。起こさない方が良い。」

ツドイ「そっか…じゃあ…」

ナレイル「あぁ、お祈りをしよう。」

※十字の水晶へ祈る

ナレイル「終わったか?では、いただこう…」

ツドイM「父はいつもより食欲旺盛に見えた。私は、胃が縮んでいたことと

    求婚を受けるための説得を切り出すタイミングを見計らって、

    せっかくの豪華な食事もほとんど喉を通らなかった。」

ナレイル「どうした?口に合わないのか?」

ツドイ「ううん…そういうわけじゃないんだけど…」

ナレイル「なら良かった。ツドイ、今まで色んな苦労をかけてばかりですまなかった。

     これからはもっと幸せになれるよ。あぁ、旨い…旨いなぁ。」

ツドイ「ふふ、自分で作ったのに。」

ナレイル「父さんは料理の才能があったんだなぁ。こんなに旨いんだなぁ、天上への味だ。」

ツドイ「父さん、もっとゆっくり食べたほうがいいんじゃ。」

ナレイル「旨い、あぁ、旨い…」

ツドイ「父さん…?」

ナレイル「これで全てが元に戻る。全ての苦しみから解放される。天にも昇る気持ちだ。

     母さんにも食べさせてやりたかったなぁ…旨い!こんなに旨いんだなぁ!ゴホッ!ゴホッ!(血を吐く)」

ツドイ「と、父さん!?血、血が!」

ナレイル「どうしたツドイ、もっと食べなさい。天の国へ行けないぞ。」

ツドイ「い…いや!か、母さん!」

※走って母の寝室へ

ツドイ「母さん!母さん起きて!父さんが!…!?」

※シーツをめくると、母は冷たく動かなくなっている。  

ツドイ「そんな…母さん……」
    
ナレイル「……ツドイ母さんは先に逝ってしまったよ。戻って食事の続きをしよう。
 
     一緒に母さんのところへ逝こう。」

ツドイ「父さん…!?」

ナレイル「もういいんだよ。もういいんだ。たらふく旨いものを食べて、幸せなまま逝こう、ツドイ。

     ああこれか?天の国へ行く為のスパイスだよ、調味料だよ!旨いぞ!たまらない!

     父さんも母さんも一緒だ、何も怖くない。ほら、お前ももっと食べなさい。」

ツドイ「い、いやぁああ!(走り去る)」

ナレイル「ツドイ!戻ってきなさい!」

ツドイ「なんだ、なんだこれ…夢、夢だ!夢なんだきっと!」

※ツドイ店に駆け込む

ツドイ「はぁ…はぁ…」

ブラウ「どうした、帰ったんじゃなかったのか?…」

ツドイ「…ブラウさん、タニアさん……」

タニア「すごい勢いで入ってくるからびっくりしちゃった。でも好都合。

    ブラウさんお願い♪」

ブラウ「ああ…」

ツドイ「え?な、何を!?…(薬をかがされる)うぐっ。」

タニア「おやすみなさい、ツドイさん。良い夢見てね。」

ツドイM「もう何がなんだかわからない。何もかも夢になってしまえばいい。

    薄れゆく意識の中で、そう思った。」

ツドイ「う…うぅ…」

タニア「おはよう、ツドイさん。」

※ツドイ縛られている

ツドイ「っ!?う、動けない…タニアさん…これは…?」

タニア「今にわかるわよ。ねぇ?ブラウさん。」

ブラウ「あぁ…」

ツドイ「ブラウさん?何を…」

ブラウ「(ツドイのペンダントを奪い取り、地面へ捨てる)」

タニア「ありがとう、そのペンダントが厄介だったの。

    ほら、彼のもさっきとってもらったの。(机の上を指差す)」

ツドイ「ヨハンさんの魔除けのペンダント…」

タニア「ブラウさんってたまに私の事『魔性の女』って言うでしょ。

    意外と勘がいいなぁって思うのよね。」

ツドイ「…タニアさん、あなた、まさか…魔性……?」

タニア「まさか。クラリオンに魔性が入れるわけないでしょ。

    ほとんど人間よ。でもほんの少しだけ…そうみたい。」

ツドイ「そんな…そんな事って…」

タニア「自分でも良くわからないの。自分が誰なのか。自分がなんなのか。

    わかってるのは、こういう事が出来るってこと。」

ブラウ「(ツドイの服を引きちぎる)」

ツドイ「や…!ブ、ブラウさん!?」

ブラウ「ハァ…ハァ…」

ツドイ「…正気じゃない…?やだっ!やめて…」

タニア「いい感じね。ツドイさん。(ツドイに口づける)」

ツドイ「んぐ…!?」

タニア「…キスも初めてだったかしら?ごめんなさいね。

    でも大丈夫よ、全部今日奪ってあげるから。嬉しいでしょ?」

ツドイ「う…れ…しい…。《な…なに!?言葉が勝手に…》」

タニア「喜んでもらえて私も嬉しいわ。じゃあそろそろヨハンさんにも仲間に入ってもらいましょう。」

※ブラウ、縛られたヨハンをつれて来る。

タニア「こんばんは、ヨハン=ヴィルバート様。」

ヨハン「ツドイ!?タニアさん、これは一体なんのつもりですか?」

タニア「ツドイさんがどうしてもって言うからですよ。」

ヨハン「どういう事ですか!」

ブラウ「おら、ツドイ。こっち向けよ…(ツドイに口付ける)」

ヨハン「ブラウさん!?」

タニア「ツドイさんはこういうのが好きなんですよねぇ?」

ツドイ「…はい…好き…」

タニア「ヨハンさんに見て欲しいんですよね?」

ツドイ「…見て…ほしぃ…」

ヨハン「…ツドイ…」

タニア「そんなにガッカリした顔しないで。楽しいショーのはじまりなんだから。」

ヨハン「……くそっ。…またか。」

タニア「ふふっ、なんならヨハンさんも混ざります?」

ヨハン「…そうしようか。」

タニア「…へぇ〜。」

ヨハン「もうどうでも良くなってきた。」

タニア「(ヨハンの縄をほどき、口付ける)…これであなたも、私のもの。」

ヨハン「頭が…しびれてきた…」

タニア「気持ちいいでしょ?私のキス。」

ヨハン「…あぁ。(もう一度口付ける)」


ツドイ「《滅茶苦茶だ。全部滅茶苦茶になった。もう死んだほうが良いとしか思えない。

     父さんと一緒に死ねば良かった…!》」

ブラウ「縄…邪魔だな。」

ツドイ「うぅっ…!」

ツドイM「痛みのあまり手を伸ばした。その時、地面にあった冷たい何かを握った。

     途端に頭にかかったドス黒いモヤがスッと消えていった。」

ツドイ「魔除けの水晶…!ぐぅ…ああああ!(体勢を立て直し、ブラウを蹴り飛ばす)」

ブラウ「ぐあ!」

タニア「あらあら、良い所だったのに。正気に戻っちゃったのね。縄は解くなって言ってなかったかしら。」

ツドイ「はぁ…はぁ…。」

タニア「まぁ、いいわ。これが終わったらみんな一緒に死んで貰おうと思ってたけど、貴女には一足先に逝ってもらいましょう。」

ツドイ「はぁ…はぁ…あなたは、人間じゃない。」

タニア「そうね。でも魔性にもなりきれないの。」

ツドイ「十字の水晶よ、わたしを解放してください…。

    泉の輝き、永久(とわ)の大海、天上の光よ。

    愛と平和と喜びによって治められた、深き祈りの地をもたらしたまへ。」

タニア「さすが神官の家系、そんなの暗記してるんだ。で、何か役にたつの?(ナイフを投げつける)」

ツドイ「(かする)っ!」

タニア「こんな事も出来るの。」

ツドイ「うあぁっ!(背中に刺さる)…ナイフが…戻ってきた…?」

タニア「ふふ、貴女結構力持ちみたいだから、こうやって嬲り殺してあげる。」

ツドイ「(痛みに動けなくなる)…う…ぐうぅ。」

タニア「今の結構効いたみたいね。ヨハン、つかまえて。」

ヨハン「了解。」

ツドイ「あうっ。(羽交い絞めにされる)…ぐ……!」

タニア「ふふ。いい格好ね。」

ツドイ「目覚めてヨハン…魔除けの水晶!(手に握っていた水晶をヨハンの顔に押し付ける)」

ヨハン「うわっ!…あ…あれ?なんだ…」

タニア「あ、しまったぁ。」

ヨハン「ツドイ…これは…」

タニア「まいっかぁ。もーめんどくさいから、二人まとめて死んじゃってよ。(ナイフ連射)」

ツドイ「ヨハン避けて!」

ヨハン「え?うわぁああっ!」

ツドイ「ヨハン!(ヨハンをかばう)ああああぁ!」

ヨハン「…ツ…ツドイ…僕をかばって…。」

ツドイ「はぁ…はぁ…だ、大丈夫?」

タニア「あらあら、愛でも芽生えちゃった?」

ヨハン「ツドイ!わ、悪いけど!(ボロボロのツドイを盾にする)」

ツドイ「ヨ…ヨハン!?」

タニア「まぁ。女を盾にするなんて、情けない人。」

ヨハン「僕は、僕はヴィルバート家の人間だ…こんなところで死ぬわけにはいかない…

    こんな…こんなのはごめんだ!(逃げ出す)」

タニア「ふっ。くだらない!」

ヨハン「うわあああ!(背後からナイフを多数浴びる)」

ツドイ「ヨハン!」

ヨハン「こんな…こ…んな……(息絶える)」

タニア「顔が良くても、中身がお粗末ってのはよくある話よね。」

ツドイ「…人の命を奪って…何も感じないの。タニア……!」

タニア「そうねぇ…まぁまぁ楽しめたわ。」

ツドイ「……許せない…魔性!」

タニア「死人に口なし。許して貰う必要無いわ。」

ツドイ「十字の水晶…天上の力…お願い、祈りの力を信じさせて…」

タニア「え…なに……」

ツドイ「父さん、私…祈ります。悪しき闇を打ち滅ぼす祈りを。

    スリサズソーン…」

タニア「…寒い…これ、魔力!?」

ツドイ「《冷気を…全てを浄化するような…蒼く…澄んだ冷気を…ここに…》IS(イサイス)!」

タニア「きゃああ!(足が凍る)足が…!動けない…

   ツドイ、あなた、こんな……こんな強い魔力があったなんて……」

ツドイ「……」※タニアに近寄る

タニア「こ、来ないで!……ね、ねぇ、お願いよ。酷いことしないで。お友達じゃない?」

ツドイ「……友達?」

タニア「私あなたにそんなに酷い事してないでしょ?

    あんなのたいした事じゃないわよ。ヨハンみたいなクズ、死んで当然じゃない?ね?」

ツドイ「……あなただけは…許せない!」※タニアの腹に打撃

タニア「ぐぁっ!…おねがい…助けて……」

ツドイ「死んで当然の人なんて……いない!

    なのに、あんたは奪った。何も感じず、たいしたことじゃないって!

    あんたは人間じゃない、父さんの言ってた『悪しき闇』だ!」

タニア「……はぁ、はぁ、殺すんだ?私を。私は魔性じゃないのよ!人殺し!あんたも私とおんなじ。

    あはっ、ツドイ。あんた今日から一人ぼっちの人殺しよ、おめでとう!あはははははっ!」

ツドイ「……IS(イサイス)…!」※打撃+冷気(悲鳴のような叫び)

タニア「きゃああああ!」

ツドイ「…はぁ…はぁ…」

ツドイM「凍りついたタニアの体は、やがて赤い粒になって空気中に消えていった。

    それは、書物で読んだ魔性の消滅の仕方そのままだった。」

ツドイ「はぁ…はぁ…………。
   
    ………………ぅ…う
    
    あ…ぁ…あ…あああああ……!」

    
ツドイM「私は生き残った。しかし、父さんも母さんも、もう…この世にはいない。

      一人静寂の中に取り残されたのを感じた時、突如として虚無が襲ってきた。

      私は無意識に、搾り出すような叫び声をあげていた。

      『怖い』…ただその感情だけが声になって…薄暗い部屋の中に響く。

     その時私は初めて…パンよりも希望の光が欲しいと思った。

     
      眠れぬ夜が明け、兵士が店にやって来た。私はこの事件の説明のため、王宮に行くことになった。

      何より驚いたのは、自分が言葉を発するのが不自由になっていた事。

      たどたどしく事情を説明した後しばらくして、別の部屋に案内された。

      そこで初めて、エルザータ様にお会いしたのだ。

      私はまた縺(もつ)れる舌で、ぽつぽつと事情を説明した。」

エルザータ「………」

ツドイM「エルザータ様は何故ずっと黙っているのだろう。何か失礼な事を言ってしまったのだろうか。」

エルザータ「……」

ツドイ「……《あれ…泣いてる…?》…エ、エルザータ様…?…」

エルザータ「…びっくりさせてごめんなさい。ツドイ、もう大丈夫。何も心配いらないわ。」

ツドイ「……何が…ですか…?…」

エルザータ「エストラルの事も、ヴィルバートの事も、何も心配しなくて大丈夫よ。」

ツドイ「……もう…いいです…」

エルザータ「……どうして?」

ツドイ「…私には…もう…帰る場所が…ないです…」

エルザータ「…貴女はこれからどうしたいの?」

ツドイ「…消えてしまいたい…」

エルザータ「……そうですか、わかりました…」

ツドイ「……」

ツドイM「こんなにも優しい方を悲しませてしまった。でも、これでもう辛い思いをしなくて良いんだ。

     やっと苦しみから解放されるんだ。」

エルザータ「ならば、あなたは今ここで死になさい。」

ツドイ「!?」

エルザータ「さぁ、このナイフを。ただし、私はこの命に代えても貴女が死ぬことを止めてみせます。」

ツドイM「ナイフを受け取りながら思った。この人は一体何を言っているのだろう。

    命に代えても?一国の王妃がそんな事、出来るはずが…」

ツドイ「《そんな事…出来るはずが…ない!》」

ツドイM「私は両目を閉じて、ナイフを自分の喉元に力いっぱい突き立てた。はずだった。」

エルザータ「うぅっ…」

ツドイ「!?…エルザータ…様…血が…!」

エルザータ「ふふ、さすがに刃の部分を手で握るのは痛いわね。でも、私は貴女を止めましたよ。」

ツドイ「…何故ですか。」

エルザータ「…」

ツドイ「何故…ですか……何故ですか…

    私の…命は…もう…私は…いりません…」

エルザータ「ツドイ…(ツドイを優しく抱きしめる)」

ツドイ「…エルザータ様…?」

エルザータ「死んではなりません。」

ツドイ「……」

エルザータ「ツドイ。決して、決して死んではなりません。」

ツドイ「………」

エルザータ「…これからは…クラリオン城にお仕えなさい。」

ツドイ「でも…」

エルザータ「帰る場所がないのなら、ここを貴女の帰る場所になさい。」

ツドイ「そんな…」

エルザータ「ツドイ…私の目を見て。」

ツドイ「……」

エルザータ「……寂しい?」

ツドイ「…………一人で生きていくのは…辛いです…」

エルザータ「私は貴女を一人にはしません。」

ツドイ「…」

エルザータ「貴女の命は私が貰い受けます。」

ツドイ「え?」

エルザータ「貴女の命は私のものです。」

ツドイ「……私なんか…そんな価値…ないです…」

エルザータ「拒む事は許しません。貴女の価値は私が決めるのです。

      貴女は私と生きるのです…!」

ツドイ「…………私…」

エルザータ「……ツドイ。お願い…生きて。」

ツドイ「……私…何も…ないです…

    でも…いいですか?…エルザータ様と…生きて…良いですか?」

エルザータ「…ツドイ…ありがとう。とっても嬉しいわ。」

ツドイM「その時のエルザータ様の笑顔は屈託の無い、王妃とは思えない…

      まるで幼い少女のような笑顔で。私に遠い日の記憶を蘇らせた。

      家族みんなで行った山、川…そこで見た母の笑顔。私の笑顔。

      こんな屈託のない純粋な笑顔だったはずだ。

      私はその笑顔に、ただそのひと時の笑顔だけに、全てが救われた気がしたのだ。」


ナレーター「次回、魔性の傷跡第19話。ご期待ください。」

FIN

戻る

inserted by FC2 system