至高の愛を持ちながら、その全てを砕かれた哀しき女よ。

血塗られた道を行くのならば、その体では少々荷が重い。




あの子だけが…私とハルフォンの愛しき吾子…。



魔性の傷跡 第16話 『帝国の蛇』

魔性の傷跡
第16話 『帝国の蛇』

【登場人物】♂2♀5

ラセル(26歳)+兵士♂:ディルス国の若き王

ハルフォン(50歳)♂:クラリオンの王

エルザータ(43歳)♀:クラリオンの王妃

ヨミ(24歳)♀:ディルス国、白銀軍の副長

ツドイ(35歳)♀:クラリオンの元帥

ルティア(21歳)+ナレーター♀:亡国セーレクトの姫

リビア(?歳)♀+侍女:魔性。南の主(あるじ)

【役表】
ラセル+兵士♂:
ハルフォン♂:
エルザータ♀:
ヨミ♀:
ツドイ♀:
ルティア+ナレーター♀:
リビア+侍女♀:


ナレーター「魔法帝国クラリオン。現在、魔術における最先端の技術と知識を有すこの国は

      国民の全てがなんらかの魔術を扱える。城の中心部から天にむかってそびえ立つ

      巨大な十字の水晶は、クラリオンのシンボルとされている。」


ヨミ「わぁ〜!すごーい!クラリオンってキレイなとこですね、ラセル様!」

ラセル「ヨミはクラリオンは初めてだったか?」

ヨミ「はい〜。シルキィから話は聞いてたんですけど。どこもかしこも不思議な色の建物ばっかり!」

ツドイ「温度調節の魔術がかかってるので、ああいう色になります。」

ヨミ「そうなんですかぁ!それにあの十字の水晶…すっごくキラッキラ!」

ツドイ「クラリオンにいれば、十字の水晶はどこからでも見る事が出来ます。珍しいのも今のうちだけですよ。」

ヨミ「え〜?でも、うっとりしちゃうな〜。」

ルティア「ふふっ。本当に綺麗ですよね。」

ヨミ「ね〜♪」

ツドイ「あれは綺麗なだけの飾りではないのですよ。」

ヨミ「違うんですか?」

ツドイ「我らクラリオン人は日に3度、あの十字の水晶に向かって祈りを捧げます。」

ヨミ「1日に3回も!?」

ツドイ「十字の水晶は魔性の手にかけられた人々の墓標であり、いつの日か魔性に脅かされぬ国を築くという

    クラリオン人の願いが込められています。対魔性に対する想いの強さはどの国にも引けをとりません。」

ルティア「魔法帝国クラリオン、そういったお国だったのですか。」

ツドイ「それと、もう一つ具体的な機能として。クラリオンを守る防御結界の核であり…魔性に対する切り札という事があげられます。」

ヨミ「切り札?切り札って、ふつう隠しておくものじゃないですか?」

ツドイ「隠す必要が無い…と申しましょうか。」

ヨミ「おお〜…。」



【クラリオン城】

ツドイ「お疲れさまでした。どうぞ足元にお気をつけて。」

ラセル「やっと着いたな、ルティア疲れたか?」

ルティア「いいえ、大丈夫。」

ヨミ「体バキバキ〜、お風呂に入りたいな〜。」

ツドイ「皆様お疲れでしょう、お部屋にご案内します。16時からハルフォン王、エルザータ王妃と

    ご面会いただく予定としておりますので、それまでお休みください。

    湯殿もご用意しています、よろしければご使用ください。」

ヨミ「やったぁ!おっふろ〜!」

ラセル「それはありがたい。」



【浴場】

ヨミ「うわぁ!ひっろぉおーい!」

ルティア「こんな大きな浴場、貸切にしていただいて良かったのかしら。」

ヨミ「ありがたく頂戴しましょー!(入る)んー!いいお湯!」

ルティア「あら、これはビオシラの花…あ、こっちはマートンの茎…」

ヨミ「え、なんですかー?」

ルティア「ハーブです、ビオシラの香りにはリラックス効果があります。

     マートンの茎は血行促進…他にもこんなにたくさん…

     どれも体の疲れを癒してくれますよ。」

ヨミ「へー、そう言われると疲れがとれる気がする!ルティアさん詳しいんですねー。」

ルティア「少しだけ、こういうハーブは魔法薬を作る素(もと)になるんですよ。」

ヨミ「へぇー、魔法薬!色々知ってるんですねールティアさんって。」

ルティア「そんな事はないですよ。」

ヨミ「そういえばルティアさんの祖国って、どういうところなんですか?

  『せーれくと』でしたっけ。」

ルティア「…そうですね、セーレクトはとても…

     自然が豊かで、人々は優しくて…そうですね…」

ヨミ「あ、ごめんなさい!話したくなかったら話さないで大丈夫だから!」

ルティア「…ありがとう。」

ヨミ「誰にでも言いたくない事ってあるもん、大丈夫だよ。

   秘密にしたい事を無理に聞きたいわけじゃないんだ。」

ルティア「せっかく興味を持っていただいのに、ちゃんとお答えする事が出来なくて残念で…」

ヨミ「きっと綺麗な国なんだろうね、ルティアさん見てたら目に浮かぶ☆」

ルティア「そんな。」

ヨミ「ルティアさんってほんと綺麗だよ、あこがれちゃうなぁ。」

ルティア「…そんな事はないです。私はヨミさんみたいに…」

ヨミ「あ!そうだ!ねぇねぇ、これからルティアって呼んでもいい?

   私の事もヨミでいいから。堅苦しいの苦手なの。」

ルティア「え、ええ。いいですよ、もちろん。」

ヨミ「良かった〜!ル〜ティア〜♪(抱き着く)」

ルティア「きゃあ!」

ヨミ「お、いい声出すねぇ。ふふふ、よいではないか〜!」

ルティア「ち、ちょっと、どうしたんですかヨミさん!?」

ヨミ「まだ『さん』づけするか〜!」

ルティア「あっ、ちょっと…そこは…」

ヨミ「うーん。ルティア肌もすべすべ〜。うらやましいなぁ!女の子って感じ!」

ルティア「あのっ…こ、困ります!」

ヨミ「なんでー?なんで困るのー?」

ルティア「だって…私、どうしたらいいのか…」

ヨミ「ルティアって真面目なんだねぇ〜。私、真面目な人って好きだよ〜♪えい!」

ルティア「きゃああ!」

ヨミ「あはははは!ごめんごめん!ふざけすぎた。
   
   この感触は一生私の思い出の中にしまっておくよ♪」

ルティア「…それもちょっと。」

ヨミ「ルティアってホント女らしくていいなぁ。
 
   それに比べて、私の体ってすごいゴツゴツでしょー。」

ルティア「それは、毎日鍛えているからでしょう?」

ヨミ「まぁねー。でも傷もいっぱいあるし、びっくりした?」

ルティア「いいえ。そんな事ありません。」

ヨミ「気をつかわないでー、自分でもたまにびっくりするもん。

   『わぁーすごい傷!』って。」

ルティア「大変なお仕事だと思います。」

ヨミ「まぁ、そこそこだよー。」

ルティア「普通の女性には出来ない選択ですよ、尊敬します。」

ヨミ「ありがと♪あ、あと敬語もいらないからねー。」

ルティア「あ、そうね。…ヨミは、なぜ剣を持って戦う道を選んだの?」

ヨミ「あー、ダメダメ!私の動機は不純だからぁ!」

ルティア「え?」

ヨミ「他のみんなみたいにカッコよくないんだぁ。だからこれは秘密!」

ルティア「秘密…そう。じゃあ、これで『おあいこ』…ね。」

ヨミ「え?…あぁ!そっか、そうだね。『おあいこ』だね!あははっ。」

ルティア「ふふっ。」


【治療室】

エルザータM「(レイスをみつめながら)…紅玉髄(カーネリアン)、血玉石(ブラッドストーン)

        瑪瑙(メノウ)、蛍石(フローライト)、天青石(セレスタイン)…

        …どれだけの数を集めても…足りない……アルトレア…貴女の命に…足りない…」

ハルフォン「エルザータ、またここにいたのか。」

エルザータ「…陛下。」

ハルフォン「レイスが心配なのはわかるが、あまりここには入らないほうがいい…」

エルザータ「ひとごとのようにおっしゃるのですね…」

ハルフォン「…そんなつもりは…」

エルザータ「着きましたか?ディルス王と、ルティアさんは?」

ハルフォン「…ああ。」

エルザータ「では、すぐに参りましょう。時間がありません。」

ハルフォン「…」



【水鏡の間 入り口】

ツドイ「こちらが水鏡(みかがみ)の間です。」

ラセル「2年ぶりだな、ハルフォン王に会うのは。」

ヨミ「(ルティアに)立派な扉だねぇ、緊張するねぇ。」

ルティア「そうね。」

ツドイ「ヨミ殿、中ではあまり騒がないでくださいよ。」

ヨミ「はぁーい!」

ツドイ「声が大きい。…では、どうぞ。」



【水鏡の間】

ナレーター「水鏡の間は円筒形の美しい部屋であった。豪奢な扉を開くと天井から水蒸気が降り注ぎ、
     
      中に入ると、周囲をぐるりと囲む音楽隊が不思議な楽器を盛大に吹き鳴らした。」

ヨミ「びっ…くりしたぁ。」

ツドイ「歓迎のファンファーレですよ。」

ヨミ「(ぼそりと)私の声より絶対こっちの音の方が大きいと思うんですけど。。」

ハルフォン「ようこそラセル王!」

エルザータ「遠路はるばるご来訪いただき感謝致します。」

ラセル「ご無沙汰しています、ハルフォン王、エルザータ王妃。お変わりなく。」

エルザータ「1年ぶりでしたね。また一段と凛々しくなられて。」

ラセル「とんでもない。」

ハルフォン「遠いところ呼び立てして申し訳なかった、長旅の疲れもまだとれないだろう。」

ラセル「素晴らしいお湯をいただいたので、休まりましたよ。」

ハルフォン「それは良かった。それで…その美しいご婦人が、ルティアさんかな?」

ヨミ「私の事かな?」

ツドイ「お静かに。」

ラセル「ルティア、自己紹介を。」

ルティア「はい。初めまして、ルティア=セーレクトと申します。お会いできて光栄です。」

エルザータ「…セーレクト。」

ハルフォン「これはこれは、我が目を疑う。このような美女がこの世に存在するとは。」

ラセル「ハルフォン王、レイスの容体はいかがですか?」

ハルフォン「あぁ…順調に回復しているよ。」

ラセル「それは良かった。今は治療室ですか?」

ハルフォン「あぁ。」

エルザータ「陛下、ここで話していてもはじまりません。レイスのところへ参りましょう。」

ハルフォン「そう急くな、前置きも大事だぞ。」

エルザータ「ラセル王はお忙しい身、あまりお時間をとらせては申し訳ありません。

      それに、せっかく来ていただいたのですもの、初めてお見えする方に城内をご案内致しましょう。」

ハルフォン「あぁ、それはいいな。ラセル王、そういう事でさっそくだが…宜しいかな?」

ラセル「はい。宜しくお願いします。」



【城内】

エルザータ「まず、こちらが資料室です。」

ルティア「すごい量の書物ですね。」

ヨミ「うっわー、上から下までぜ〜んぶ本!」

ラセル「当たり前だろう。」

ヨミ「こんなにたくさんじゃ、一生かかっても読み切れなさそうですね〜!」

ラセル「ヨミなら大丈夫だよ。」

エルザータ「ここには古今東西ありとあらゆる魔術に関する書物を貯蔵しています。」

ハルフォン「しかし書物は日々増えていくのでな、最近は置き場所の増築にも困っているのだよ。」

ツドイ「あの中心部の黒い球体をご覧ください。あれは『メモリーオーブ』と言います。

    あそこに書物の内容を写すという魔術の研究を今は進めています。」

ルティア「クラリオンの方は勉強熱心なんですね。」

ハルフォン「それだけが取り柄ですからな。」



エルザータ「ここは魔術の訓練場です。ディルスの戦闘訓練場『アルス』ほどの広さはありませんが…」

ヨミ「あれ…この壁…」

ツドイ「ヨミ殿、良いところに気が付きましたね。そうです、全てオレイカルコスです。」

ヨミ「でぇえええええ!?」

ツドイ「お静かに。」

ラセル「ヨミどうした?」

ヨミ「ラセル様、あれですよ。クラリオンの馬鹿高い武具の素材!」

ハルフォン「はははっ。馬鹿高いか。」

ツドイ「ヨミ殿…」

ヨミ「あ…すみません。」

ハルフォン「値段については、いや申し訳ない。しかし我が国でも自慢の訓練場に使用している素材だ。
   
      その意味をおわかりいただけるかな?」

ヨミ「は、はい。。」


ツドイ「エルザータ様、こちらは?」

エルザータ「あぁ…その部屋は、また後日にでも。」

ヨミ「ん?」

ツドイ「そうですか。」



エルザータ「さて…着きました。ここがレイスの治療室です。」

ルティア「…厳重な扉。」

ハルフォン「ツドイ元帥、解呪(かいじゅ)を。」

ツドイ「おまかせください。ノルフェ…ユニクス…」

ラセル「解呪?」

エルザータ「治療室は無駄な外気を一切遮断し、回復力を極限まで高めるために封印の術を施してあります。」

ヨミ「徹底してるなぁ。。」

ツドイ「コーネア・バルハ…メルグ!(辺り一面が強烈な光に包まれる)」

ラセル「うわっ!」

ヨミ「まぶしいっ!」

ルティア「んんっ!」

ハルフォン「ああ、すまない。封印を解くときに閃光がはしることを言ってなかったかな。」

ヨミ「目がちかちかする〜。」

ツドイ「さぁどうぞ、お入りください。」

ナレーター「重い扉を開けると、薄暗い部屋の中に大きな水の球体が浮かんでいた。

      その球体の中には光の糸を身にまとったレイスが静かに眠っている。

      周囲には十数人の魔術師達が座り、恐るべき集中力で一心不乱に呪文の詠唱を続けている…。」

ラセル「レイス…」

ルティア「…(ラセルの手を握る)」


ツドイ「未だかつて枯渇(こかつ)状態から完全回復を遂げた者はおりませんが、

    レイス様は必ずやその最初のお方となります。」

ラセル「おまかせする事しか出来ないのが…大変心苦しい。」

ハルフォン「ディルスには色々とサポートしてもらっているよ。感謝している。」

エルザータ「…(虚ろな瞳でレイスを見つめている)」

ヨミ「あの…レイス様、水の中で大丈夫なんですか?息は?」

ツドイ「あの光の糸を通して酸素を得ています。あの水の球体は母体。

    人間が何万年の進化を十月十日(とつきとおか)で遂げる極限状態になっています。」

ヨミ「凄い技術…あ、魔術。」

ハルフォン「さて…あまり長居をしては術師の負担になる、場所を変えようか。」

ラセル「そうですね。」

ハルフォン「詳しく、話を聞かせてもらいたい。」

ラセル「もちろんです。そのために来ました。」



【廊下】

ヨミ「私これでもルティアさんのお世話係兼ボディーガードなのになぁ〜。」

ツドイ「部外者には聞かれたくない話もあります。追い出された事が不満ですか。」

ヨミ「ラセル様がいるから大丈夫だとは思うんですけど、やっぱり心配です。」

ツドイ「クラリオンはそんなに信用ありませんか?」

ヨミ「そういうわけじゃなくって…これは仕事ですから!」

ツドイ「ふふ…真面目ですね。」

ヨミ「…それにしても、エルザータ様ってすごく綺麗な方ですね。ルティアさんとはまた違った…硬質な感じっていうか…」

ツドイ「そうでしょう。エルザータ様のお美しさは、アリスタイトによく例えられました。」

ヨミ「宝石ですか?」

ツドイ「そう、透んだ湖の底に眠る宝石です。水底に仄(ほの)かに煌(きらめ)き、星のように美しいのですよ。
  
    エルザータ様の髪飾りはご覧になりましたか?あの髪飾りにあしらわれていた…」

ヨミ「ああ、お花の髪飾り!見ました!すごく綺麗だなって!」

ツドイ「少し、可愛らしすぎるとは思いませんでしたか?」

ヨミ「え。そんなことは…」

ツドイ「あれはね、子供用なのですよ。」

ヨミ「え?そうなんですか?」

ツドイ「今は亡きアルトレア姫の…形見です。」

ヨミ「アルトレア姫…そうだったんですか…」

ツドイ「私は今回の事でディルスに感謝しています。正直、ラセル王に今クラリオンに来ていただく事が

    難しいのはわかっていました。わかってはいましたが、エルザータ様の想いがあればこそ…

    無理を承知であのような言い方をしました。」

ヨミ「ラセル様も魔性の事さえなければ…自分から行きたいと仰ってたと思います。」

ツドイ「そうですね。(苦笑)どうやらラセル王はそういう方のようだ。

    まぁ、せっかくクラリオンに来たのです、魔術に関しては色々と学べる事があるはず。

    感謝の印というわけではありませんが、そういった事には微力ながらお力になりますよ。」

ヨミ「そういえば、さっき王妃様が見せてくださらなかった部屋ってなんの部屋ですか?」

ツドイ「あぁ、今度見せてあげますよ。とても面白い部屋です。」

ヨミ「う…なんか嫌な予感。」


【会議室】

ハルフォン「太陽の術か…やはり。」

エルザータ「人の身でなんて事を…」

ラセル「太陽の術?」

ハルフォン「レイスが最後に使った魔術…ループス川を干上がらせる程の巨大な火炎魔法陣、これは間違いないだろう。」

エルザータ「陛下、最後などという言い方はお止めください。」

ハルフォン「あ、あぁ…そういうつもりではなかったが。」

ラセル「天高く描かれた魔法陣がループス河の水を巻き上げ、強烈な炎で蒸発させる…あれは確かに、この世の物とは思えない光景でした。」

ハルフォン「あのような術を使ったとなれば…命があるだけで、感謝しなくてはならないな。

      あれは到底人間には扱い兼ねる魔術。」

ラセル「もっと早くにレイスの異変に気付けていればと、悔やんでも悔やみきれません。」

ハルフォン「ここ最近のディルスの急変は尋常ではない。仕方のない事だったのだろう。」

エルザータ「仕方のない事ですか?レイスがあんな体になったのが。」

ハルフォン「エルザータ。ラセル王の前だ。」

エルザータ「陛下が不吉な物言いをなさるからです。」

ハルフォン「そのようなつもりはない。」

エルザータ「レイスは生きています、アルトレアと同じ事にはなりません。」

ハルフォン「あぁ、そうだな。その通りだよ。…すまない、ラセル王。」

ラセル「いいえ、ディルスとしても『仕方なかった』で済ますつもりはありません。」

ハルフォン「これは頼もしい。さすがはディルス国王。」

エルザータ「…ルティアさん。」

ルティア「はい。」

エルザータ「貴女は、どうお考えでしょう。」

ルティア「…レイスさんが一刻も早く回復されますよう願っています。私も少しでもお力になれればと。」

エルザータ「お尋ねしたい事があります、貴女は先程『セーレクト』と名乗られましたね。」

ルティア「はい。」

エルザータ「それは、魔性によって滅亡した聖都セーレクトの王族ということで宜しいのでしょうか?」

ルティア「…よく、ご存じで。」

ハルフォン「ああ、あのセーレクトか!そうか、そうであったか。セーレクトの王族ならばその風格も頷ける。」

エルザータ「ディルスからルティアさんのお話を聞いた時にセーレクトの名を聞き、まさかとは思っていましたが。

      本当にあの国に生き残った王族がいたのですね、セーレクトの王族ならば…
  
      さぞかし素晴らしい精霊魔法がお使いになれるのでは?」
  
ハルフォン「確かに!セーレクトの精霊魔法と言えば、回復魔法の最高峰と伝え聞く。」

ルティア「…お力になりたいのは山々ですが、私の力は全て魔性『北の主(あるじ)』に奪われました。」

ハルフォン「なんと!?魔力を奪う魔性と…」

エルザータ「そうですか。…北の主といえば、魔性最強と伝え聞きます。化け物の中の化け物。」

ハルフォン「エルザータそのような言い方はよしなさい。」

エルザータ「失礼、そうでしたね。ルティアさんは、その北の主と伴侶契約された身とか。」

ルティア「…はい。」

エルザータ「強い魔性ほど、人には叶わぬ完璧な美貌を兼ね備えると聞きます。

      北の主とは一体どのような姿なのですか?

      やはり貴女のような美貌の存在ですか?レイスの心を奪ったその容姿…」

ラセル「エルザータ王妃、レイスの事に関しては、知りうる限りをお話ししたつもりです。

    ルティアが魔性と契約した事と、レイスの事とは別のことです。

    これ以上ルティアの事を探るのはお止めいただきたい。」

エルザータ「探るとは人聞きの悪いこと。…ですが、そうですね。

      少々言葉が過ぎました。申し訳ありません。」

ラセル「いえ、何も頭を下げていただくなくても。わかっていただければ…」

ハルフォン「話も長引くと脱線しはじめるようだ。今日はこの辺りにしておこう。」



【廊下】

ラセル「ルティアどうした、疲れたか?」

ルティア「いいえ。今日は、その…ごめんなさい。」

ラセル「なんだ、あらたまって。」

ルティア「エルザータ王妃になんて言ったら良いのかわからなくて。」

ラセル「困っていたな。」

ルティア「少し…。」

ラセル「言いたくない事を無理に言う必要はない。それだけ、お前の中で大切な事なんだろう。」

ルティア「ありがとう。…そういえばヨミにも、同じことを言われたわ。」

ラセル「なんだ二番煎じだったか。」

ルティア「私の個人的な問題を、気遣ってくれてありがとう…」

ラセル「礼を言われることじゃない。」

ルティア「(苦笑)…ただ、エルザータ王妃の瞳を見ていたら…

     少しでも…お答えしなくては、ならない気がして…」

ラセル「瞳?」

ルティア「ええ。エルザータ王妃の瞳…深い悲しみと、怒りが入り混じって…」

ラセル「そうか?俺には状況の割に落ち着いて見えたが。」

ルティア「耐えてるのでしょうね。表には表わせないほどに…」




【エルザータの部屋】


エルザータ「(ひとり言)…大丈夫よ。

      きっとお母様が貴方を王位に就かせてあげますからね。

      今度こそ、守ってあげますからね…」

※ノック 

侍女「エルザータ様、失礼致します。」

エルザータ「アルトレア?」

侍女「え?」

エルザータ「アルトレアなの?」

侍女「あ、あのお着替えのお手伝いに参りました、エリンです。」

エルザータ「あ、あぁ。エリンね…」

侍女「お背中失礼します。」

エルザータ「えぇ、ありがとう。」

侍女「また、お痩せになられましたね。」

エルザータ「そうかしら。」

侍女「後で、暖かいお茶と甘いお菓子をご用意致しましょうか。」

エルザータ「私は欲しくありませんから…そうだわ、お菓子と言えば…(机の中から小さな箱を取り出す)

      アルトレアにこのウェルナンのお菓子を持って行って頂戴。あの子これが好きなのよ。」

侍女「……あの…エルザータ様…」

エルザータ「どうしたの?あぁ、着替えはもういいから。早く持って行ってあげて。」

侍女「あの、アルトレア姫は…もう、いらっしゃいません。」

エルザータ「いない?どうして?もう寝てしまったかしら。」

侍女「エルザータ様、アルトレア姫は流行病(はやりやまい)でお亡くなりになりました…」

エルザータ「流行病?何故です、城の中に流行病の者などいないではありませんか。」

侍女「もう20年も前の事です、アルトレア姫は亡くなりました。エルザータ様…お気を確かに!」

エルザータ「気を確かに?」

侍女「はい。」

エルザータ「…狂っているのは…この世界です。…いくら…年月が経とうと…」

侍女「エルザータ様?」

エルザータ「…消えるものですか…アルトレアは生きている…」

侍女「…」

エルザータ「何故あの子を死んだ事にするのですか。それこそが狂っているではありませんか。
 
      例え肉体が朽ちようと…あの子の魂は私とハルフォンと共に生きている。

      いえ、魂だけではない。今まさに水の母体の中で微かな呼吸を震わせている。

      どうして誰も、可哀想なあの子を助けようとしないのです。

      もしや、貴方も…あの子を陥れるつもりですか!?(侍女の肩をつかむ)」

侍女「い、痛いです。エルザータ様…」

エルザータ「…それほどまでに、クラリオンの王位が欲しいですか!?

      人間は醜い…なんて醜いのです。人が人を陥れる後継者争いなど、もうたくさんです!

      力が欲しい、揺らぐことのない力が。絶対的な力があれば…

      あの子を救えるのは、私しかいない。もう、全ての望みは消えた…」

侍女「あの?」

エルザータ「出て行きなさい!」

侍女「し、失礼しました!(逃げるように出て行く)」


エルザータM「明けない夜は無いなどと、一体誰が言ったのか…

      私の目には、一抹の明かりすらも見当たらない。

      いつまで続くのか、永遠に続くのか、ならばいっそ…

      この手で終わらせよう…この生き地獄…」


※ノックの音

エルザータ「エリン、下がっていなさいと言ったはずですよ。」

ハルフォン「(入る)エルザータ。」

エルザータ「…陛下、こんな時間にどうされました?」

ハルフォン「体調はどうだ。」

エルザータ「あまり優れません。」

ハルフォン「そうか。」

エルザータ「はい。」

ハルフォン「また…一人思い悩んでいないかと気になってな。」

エルザータ「ありがとうございます…。本当の事を申しますと…セーレクトの精霊魔法には期待をしていたのです。」

ハルフォン「…そうだったか。しかし、よくあの国の名を覚えていたな。」

エルザータ「ありとあらゆる回復のための知識を求めて、書物を読みあさりました。」

ハルフォン「最近は夜も眠らぬそうではないか。」

エルザータ「レイスを助ける事が出来るのなら、どのような可能性にもすがりつきたい。

      陛下はそうは思われないのですか?」

ハルフォン「…思っておるよ。」

エルザータ「こんな事になった今でも、レイスは私と陛下の子だと言ってくださいますか?」

ハルフォン「当然だ。レイスは紛れもなく私の息子だ。エルザータ、何も心配する事はない。」

エルザータ「ならば、いずれ王位につくのはレイスしかいませんね?」

ハルフォン「あぁ。そうだ。レイスにはいずれ私の王位を譲り渡す。
  
      だから、今は回復を静かに見守ろう。レイスならばきっと大丈夫だ。」

エルザータ「陛下、クラリオンの王位をつけねらう者は今も数多い。私がこんな体になったのも

      アルトレアが…病に倒れたのも。誰の陰謀かも知れません。クラリオン城は蛇の巣です。

      レイスだけは私達の手で、しかと守りましょう。他の誰にも…ゴホッゴホッ…」

ハルフォン「エルザータ、大丈夫か?」

エルザータ「申し訳ありません。少し胸がつまりました。…もう大丈夫です。」

ハルフォン「たまには寝酒でも共に…と思ったが。酒は無理そうだな。」

エルザータ「申し訳ありません…」

ハルフォン「なに、気にするな…お前の顔を見るための口実だったのだ。(顔を近づける)」

エルザータ「陛下、お止めください。」

ハルフォン「…口づけも、許してはくれぬのか?」

エルザータ「もったいのうございます。」

ハルフォン「何故だ、我らは夫婦であろう。」

エルザータ「意味のない時を過ごしてどうなりましょう。」

ハルフォン「意味がない…」

エルザータ「私はもう子を成せぬ体です。夜伽(よとぎ)が必要なら、うら若き乙女を用意させましょう。」

ハルフォン「エルザータ!私はただ…」

エルザータ「夜も更けました、気分が悪いのです。もうお許しください。」

ハルフォン「……ゆっくり休んでくれ。」

エルザータ「はい、ありがとうございます。」


※ハルフォン立ち去る。


エルザータ「陛下はお優しい。なればこそ、私の…この体が憎い。

      世継ぎも産み落とす事が出来ず、嫁いだ頃の美貌も今はもう果てた。

      ついには子も成せぬ…使い物にならぬ…。このような体に一体何の意味があろう。

      最後の望みであった精霊魔法も使えぬとなれば、もはや打つ手は一つだけ…」



【ラセルの部屋】

ツドイ「ラセル王、調子はいかがですか?」

ラセル「ツドイ元帥。今日は市内を見学させてもらった。とても興味深い。

    あんな小さな子どもまで魔法で遊んでるなんて思いもしなかった。

    書物で読むよりずっとわかりやすい。」

ツドイ「それは良かった。そろそろ、初歩の魔法くらいは発動できますか?」

ラセル「それは…あと一歩といったところで。」

ツドイ「そうですか。ラセル王、少しお時間宜しいか?今から私と実戦をしてみませんか?」

ラセル「ほ、本当か!?ああ、それは願ったり叶ったりだ。是非頼みたい!」

ツドイ「ふっ。そんなに目を輝かせて。子供ですか貴方は。」

ラセル「いい勉強になる、ヨミも呼んで来ていいか?」

ツドイ「承知。では剣を持って半刻後に訓練場に来てください。お待ちしております。」


【庭園】

ハルフォン「ルティア殿、そんなところで何をされている?」

ルティア「あ、ハルフォン王。いえ、その…素敵なお庭だったので…つい…」

ハルフォン「ボディガードが見当たらないようだが、お一人で大丈夫かな。」

ルティア「ヨミはラセルと訓練場へ行ったので…あの、私すぐ戻るつもりで…」

ハルフォン「ルティア殿は少しお転婆なところもあるようだ。その木と会話でもされていたのかな?」

ルティア「…はい。」

ハルフォン「ははは。ルティア殿が言うと信じてしまうな。

      その木はな、私からエルザータへの最初の贈り物だ。

      年に一度だけ、それは見事な花を咲かせる木だ。だが…最近は咲かないな。

      もう死んでしまったのかもしれない。」

ルティア「いいえ、眠っているだけです。」

ハルフォン「そうか。」

ルティア「確かに呼吸が聞こえます。綺麗な花を咲かせようと、頑張って力を蓄えています。」

ハルフォン「セーレクトの姫君よ、私もそう思いたい。」

ルティア「嘘ではありません。」

ハルフォン「いつかは、元のように花を咲かせるだろうか。」

ルティア「きっと。」

ハルフォン「きっと…か。信じてやらねばな。」

ルティア「…」

ハルフォン「時に、ルティア殿は花はお好きか?」

ルティア「はい。」

ハルフォン「私は花には疎くてな、良ければ、この庭園にある花で花束を作ってもらえまいか…」

ルティア「え?」

ハルフォン「いや、突然無理な事を言ったかな。」

ルティア「いいえ、いいえ!ハルフォン王。」

ハルフォン「良いのか?」

ルティア「花束を、贈りたい方がいるのですね。」

ハルフォン「あぁ。」

ルティア「とびきり素敵な花束を、お贈りしましょう。」



【訓練場】

ツドイ「時間通りだ、素晴らしい。」

ヨミ「ラセル様〜!ファイトー!」

ラセル「ツドイ元帥、準備の時間を与えておいて、何故貴方は丸腰だ。」

ツドイ「私はいつもこうです。」

ラセル「武器を持たない人間に、剣など向けられない!(剣を投げ捨てる)」

ツドイ「ご立派なポリシーですが、剣をとってください。私の武器は魔術です。」

ラセル「ならば俺も、魔術で戦おう。」

ツドイ「灯火(ともしび)すら発動出来ないくせによく言ったものです。」

ラセル「同じ条件のもとで戦いたい。」

ツドイ「強情も大概にしないと命を落としますよ。…しかし、いいでしょう。

    その鼻っ面に叩き込んであげますよ。本当の魔術というものを。」


【エルザータの部屋】

エルザータ「ファーリー、エリン、メルディア、その他ここにいる私の侍女としてよく仕えてくれた

      13名の皆さん。貴方達は毎日献身的に働き、健やかで心も体も美しい。

      私は貴方達を厳選したのですよ。若く美しい貴方達に新しく相応しい道を与えましょう。」

侍女「エルザータ様、もったいないお言葉でございます。」

エルザータ「さぁ、皆さん。杯(さかずき)を持ちましたね?一口に飲み干しましょう。

      この赤い葡萄酒が貴方達の血肉を成すために。乾杯。」

侍女「乾杯。」


【庭園】

ハルフォン「おぉ…これは見事だ。」

ルティア「お気に召しましたか?」

ハルフォン「うむ。素晴らしい花束だ、例えようもなく…美しい。」

ルティア「喜んでいただけて光栄です。」

ハルフォン「…こうやって花を見つめていると、心が慰められるような気がする。」

ルティア「はい。私もです。」

ハルフォン「この美しい花束なら、きっと妻の心も慰めてくれるに違いない。」

ルティア「やはり、王妃様に贈られるのですね。」

ハルフォン「ルティア殿、覚えておかれよ。男が花を贈るのは、愛を贈りたい相手にだけだ。」

ルティア「まぁ。」

ハルフォン「エルザータは元々由緒正しい召喚術を扱う貴族の出身でな

      若い頃はルティア殿にも負けぬ程に美しい娘だったのだよ。」

ルティア「王妃様は、今もとてもお美しいです。」

ハルフォン「ああ、私にとっては世界で一番だよ。…しかし、いつからだろうか。

      ……妻は…心と体を病んでしまった。」

ルティア「……」

ハルフォン「エルザータにはいつも苦労をかけていたからな。

      クラリオンの王位は絶対的な『力』を持つ。従って王位を狙う者は数知れない。

      毒殺、呪殺、ここはありとあらゆる陰謀が渦巻く根城だ。

      エルザータはそれらの矢面に立ってくれた。彼女も私も、何度も命を落としかけたものだ…」

ルティア「どうして…同じ国の中で、そんな争いがおこるのでしょう…。

     何故、人が人の命を奪うのでしょうか…。」

ハルフォン「人の欲望は計り知れぬものだ。私にも理解など出来はしない。

      しかし、こちらが理解出来ずとも災難は襲ってくる。忘れもしない、青い月が昇った雪の夜…

      私達の娘、幼いアルトレアが突如として床に伏し、苦しみ抜いたあげくに命を落とした。

      医師に死因は流行病と診断されたが…それを信じることなど、誰が出来よう。

      あのように愛らしい笑顔を、健やかな手足を、何故一夜で失う事になるのか。

      あの日の妻の嘆きを、私は生涯忘れぬ。

      この世の雨粒を全て集めたとて、あのように悲痛な涙になるはずもない。」

ルティア「……」

ハルフォン「…おや、もう日が暮れてきたようだ。随分長い…つまらぬ話を聞かせてしまったな。」

ルティア「いいえ。」

ハルフォン「礼を言う、ルティア殿。このように見事な花束は、見たことがなかった。」

ルティア「いいえ。ハルフォン王のお心が形になっただけの事です。」


【訓練場】

ラセル「(攻撃)はぁぁっ!」

ツドイ「(叩き落す)甘いっ!」

ラセル「ちぃっ!…(立て直す)これでどうだっ!」

ツドイ「スピードは…まぁまぁですね!」

ラセル「はっ!はぁああっ!」

ツドイ「荒い荒いっ!荒すぎますよっ!」

ラセル「くっ…重い!」

ツドイ「この程度ですか!ディルスの体術は!」

ヨミ「ツドイ元帥すごい…ラセル様完全におされてる。」

ツドイ「これでは魔術を使うまでもないかな。」

ラセル「なんだと…あまり…見くびるな!(攻撃)」

ツドイ「(かわす)ふんっ。」

ヨミ「うわっ。今のもかわされた!?」

ツドイ「いきますよっ!(蹴り)」

ラセル「(直撃)ぐああああっ!」

ヨミ「ラセル様!」

ラセル「あああっ。。(想像以上の痛みに声をあげる)なんだ…これ…」

ツドイ「わかりますか?」

ラセル「っ…」

ヨミ「何…今の蹴り…?」

ツドイ「わからないなら、もう一度!(攻撃)」

ラセル「っ!!(避けようとするが避けられない)ぐあああっ!!!(うずくまる)」

ヨミ「ああっ!」

ツドイ「情けない声を出される。ディルス王よ。」

ヨミ「あの蹴り…やっぱり普通じゃない。魔術!?」

ツドイ「わかりましたね?そうです。魔術を直接敵の体に叩き込む、それが私の戦い方。

    道具など不要なのです。私の魔力と私の肉体。それが私の全て。

    剣に命を託すディルス人が剣を捨てて私に勝とうなど、許しがたい侮辱ですよ!」    

ラセル「…それは、すまなかった。」

ツドイ「降参しますか?」

ラセル「嫌だ。」

ツドイ「レイス様への恨みから、ちょっとした手違いで大怪我をさせてしまうかもしれませんよ?」

ラセル「かまわない…俺は、どれだけ力の差があろうとも…かまわないんだ!」

ツドイ「…また、その目か。」

ラセル「どうした!かかってこい!」

ツドイ「やはり悪くない、その目は。しかし…今のままでは本当に命を落としてしまうな。」

ラセル「来ないなら、こちらから行くぞ!はぁっ!」

ツドイ「まだまだ!バネが弱い!体が硬い!自分の肉体をもっと生かしなさい!」

ラセル「くそっ!くそおおおお!!!!」


【召喚室】

侍女「エルザータ様…ここは…」

エルザータ「あら、エリン…目が覚めてしまったのね…」

侍女「…っ…体が…動かない」

エルザータ「怖がる事はありませんよ。そのまま…(短剣を取り出す)」

侍女「ひぃっ…」

エルザータ「(口を塞ぐ)ほら、静かになさい…ここは儀式の場。

      貴女の命はクラリオンの礎(いしずえ)となるのです。永遠に。

      そして現世の苦しみから解放されて…安らかになれるのですから…

      ほら、先に逝ったみんなの顔を御覧なさいな。とても幸福そうでしょう?

      さぁ、エリン。貴方の旅立ちの時に…主(あるじ)の祝福を!」

侍女「(心臓にゆっくりと短剣が刺さる)…うぅっ…ぐぅっ…」

エルザータ「ああ、銀の聖剣を押し返す貴女の心臓。激しく脈打つ、生命の鼓動!」

侍女「…エル…ザータ…様っ…」

エルザータ「大丈夫…貴女の血の一滴たりとも、無駄にはしませんよ。」

侍女「…(息絶える)」

エルザータ「……エリン?…エリン…いないの?

      アルトレア…?アルト…

      ………………………………ふふ

      …はは…は…あはは。…あはははは……!」


【訓練場】

ツドイ「後ろ足が甘い!すぐに軸をとりなさい!もう一発お見舞いしますよ!」

ラセル「ぐああっ!」

ツドイ「私の魔力の波長に影響されなさい!魔力を扱えるようになりたいのでしょう?」

ラセル「あああっ…」

ヨミ「ラセル様?」

ツドイ「もう腹の力が抜けてますよ!精神を鋭く研ぎ澄ますんです!」

ラセル「ううぅ…」

ツドイ「そう、もっと鋭く…魔術は全身全霊を使って発動するのです。

    そのまま…貴方の体で今、魔力が流れを作っています。」

ラセル「ああああ…ぐああああ!!」

ツドイ「いいですよ。さぁ、ここで理性を保ちなさい!

    呪文を用いて呼び出すのです!」

ラセル「がぁあああ…フレイデュール…」

ツドイ「そう、そうです。」

ラセル「フェウル…」

ヨミ「すごい。。ラセル様の体から大きな魔力の影が…」

ツドイ「いいですよ。その調子だ。これは思った以上に…素質がありそうだ。」

ラセル「ぐあああああっ!!」

ツドイ「違うっ!意識の方向をもっと収縮しなさい!」

ラセル「ああああああっ!」

ツドイ「ちっ、ここまでか。インガス…メルク。」

ラセル「…っ(倒れる)」

ヨミ「ラセル様!(駆け寄る)」

ラセル「はぁ…はぁ…」

ツドイ「お疲れ様です。今日はここまでにしましょう。」

ラセル「嫌…だ…、もう少しで、魔術が…つかめそうなんだ。俺はまだ、やれる…」

ヨミ「ラセル様!」

ツドイ「馬鹿は死んでも直りませんね。いいでしょう。

    そんなに余力があるのなら、あの部屋にご案内しましょう。

    ヨミ殿もあの部屋は見ておいたほうがいい。」

ヨミ「え、ああ。あの部屋ですか。なんなんですか、あの部屋は。」

ツドイ「まぁ、言ってしまえば魔法陣の常設室(じょうせつしつ)です。

    下級の魔性を部屋中に満たしています。」

ヨミ「げっ。」

ツドイ「今のラセル様があの部屋に入れば、なかなか面白い事になりますよ。くくっ。」

ヨミ「鬼教官…」


【エルザータの部屋 入り口】

ハルフォン「エルザータ、エルザータ…いないのか?

      おかしいな、この時間には部屋にいるはずだが…」

ルティア「(小走りで近寄る)あのっ…ハルフォン王。」

ハルフォン「おや、ルティア殿。また、どうされた?」

ルティア「あの、兵士の方達からエルザータ様は召喚室にいらっしゃると聞きました。
   
     数時間、誰も近づかないようにおっしゃっていたと…」

ハルフォン「召喚室?あんなところで何を…それに何故…私の耳に情報が入らなかった…」

ルティア「ハルフォン王?」

ハルフォン「ひどく…胸騒ぎがする…」



【召喚室入り口付近】

兵士「ツドイ元帥!ただいま召喚室にはエルザータ様と侍女の方々が入られています。」

ツドイ「おや、珍しい事。エルザータ様の召喚術はクラリオンで一番と名高いのですよ。」

ラセル「それは楽しみだ。」

ツドイ「期待してください。さぁ、邪魔ですよ。そこをどきなさい。」

兵士「あの、エルザータ様は部屋には誰も入らないようにとおっしゃっておりましたが…」

ツドイ「侍女が入っているというのに何故私が入れない。

    それにディルス王のご希望とあれば話は別でしょう。
   
    私がエルザータ様にお話しますよ。さがりなさい。」

兵士「はっ。」

ツドイ「…(扉に手をかける)っ?」

ヨミ「ツドイ元帥、どうしたんですか〜。」

ツドイ「扉に封印の術?何故こんな大掛かりな術まで…。血の…匂い…?」

ラセル「ツドイ元帥?」

ツドイ「この波動…まさか、まさかそんな。」


【廊下】

ルティア「(走りながら)ハルフォン王、どうされたのですか?」

ハルフォン「(走りながら)感じないか?セーレクトの姫であれば、この禍々しい気配を…」

ルティア「…嫌な、感じがします…」

ハルフォン「この闇の気配。これは尋常ではない…」

ルティア「…そうですね。」

ハルフォン「こんな事は、あってはならない。どうか、どうか間違いであってくれ…」


ナレーター「一日の終焉を迎えようとする時刻、それは『逢魔が時』と呼ばれる。

      全ての形ある存在は薄暗闇に包まれ、その輪郭を闇に潜めていく。

      形の無い、忌まわしき存在達と人間との境界線すら、

      その闇の中へぼんやりと溶けはじめる不穏な時刻であった。」


【召喚室内部】

エルザータ「人の身で叶わぬ願いならば、人の身を捨てよう。
   
      人の心が邪魔をするのならば、人の心を捨てよう。

      待てども待てども希望など訪れはしない。今はただこの祈りだけを込めて、捧げよう。

      もう戻れはしない、人の道には…。」

ツドイ「(扉の向こうから)エルザータ様!エルザータ様!」

エルザータ「ツドイ元帥…ここには誰も近づかないよう命じたはずですよ。」

ツドイ「エルザータ様!開けてください!

    私の思い違いであって欲しいのです、ここを開けてください!」

エルザータ「それは…出来ません。」

ツドイ「何故ですか!」

エルザータ「私はもう戻れないのです。」

ツドイ「お願いです!私のおぞましい想像を否定してください!」

エルザータ「…私はもう…ずっと、ずっと前からこうしたかったのです。

      ツドイ元帥、長い間ありがとう。貴女はよく尽くしてくれましたよ。」

ツドイ「いけません!貴女は、クラリオンの王妃です…」

エルザータ「そう。けれど、同時に私は母なのです。アルトレアの…」

ツドイ「アルトレア姫はもう亡くなりました!」

エルザータ「えぇ、わかっていますよ。だから、あの子を…レイスを王位に着任させるのが私の使命。」

ツドイ「そうです、その通りです!だから戻りましょう、レイス様はきっと回復します。闇に囚われてはいけません!」

エルザータ「ツドイ、貴女は何もわかっていない。私はもう老いたのです。

      あの子が『きっと』回復するだろうという儚い希望など、まてはしない…そう。

      希望など、もはや一秒たりとも…待ってはいられない!(侍女の心臓の血を絞り出す)」

ツドイ「いけません!」

エルザータ「紅玉髄(カーネリアン)は希望、血玉石(ブラッドストーン)は繁栄、瑪瑙(メノウ)は再生…

      蛍石(フローライト)は解放、天青石(セレスタイン)は覚醒…

      今こそ四方位(しほうい)の常闇(とこやみ)より

      御身姿(おんみすがた)を現したまえ…南の主(あるじ)よ!」

ツドイ「エルザータ様ぁぁ!!!」

ナレーター「部屋中に満ちた禍々しい気と、砕かれた宝玉、

      そして乙女達の心臓から滴った血溜まりの中から、女の声が静かに響いた。」

リビア「妾(わらわ)を召喚せし者よ。名乗るが良い。」

エルザータ「私は、クラリオンの王妃エルザータと申します。」

リビア「ほぅ、クラリオンの王妃と申すか。」

エルザータ「どうか、お姿をお見せください。」

リビア「そなた、妾を呼び出す意味を知っておるか?その五臓六腑を全て妾に捧げるという意味を。」

エルザータ「存じております。」

ナレーター「エルザータが答えると、突如として床の血溜まりが沸き立ち、やがてそれは肉塊へと姿を変えゆっくりと脈打ちながら

      この世の者とは思えぬ程に妖艶な女の造形を作り出した。」

エルザータ「…貴女が…南の主…」

リビア「左様。人間の身で妾(わらわ)を呼び出そうなどという者は何百年ぶりかのぅ。

    なかなかに見事な召喚術であった。褒めててつかわすぞ。

    しかし、まさかクラリオンの王妃たる者が、その命が惜しくないと申すか?」

エルザータ「私の命など少しも惜しくはありません。ですが、たった一つ、たった一つだけお願いがございます。」

リビア「願いか…妾に何を願うと申すのじゃ?

    そなたの人間界での地位と、この見事な召喚術に免じて、聞いてやらぬこともない。」

エルザータ「どのような手段を用いても、人の身では叶わない願いです。

      どうか、その偉大な魔力で…私の、私の娘を、救っていただきたいのです。」

リビア「ほぅ、娘と?」

エルザータ「魔力を使い果たし、大怪我をして、生命を繋ぎとめるのがやっとの状態です。

      けれど、あの子は王位を継がなくてはならないのです。

      あの子だけがクラリオンの世継ぎたり得るのです。

      あの子だけが…私とハルフォンの愛しき吾子(あこ)…。

      クラリオンの王座は尽きることなき人の欲望、終わり無き醜い争いに苛まれてきました。

      そのような連鎖によって生まれる王など、私は絶対に認められない!

      他の誰にも、あの子の王位を渡すものか!お願いです。リビア様!どうか…」

リビア「成程。それが叶えば、何がおきても後悔はせぬか?」

エルザータ「後悔など、あるはずもありません。」

リビア「例え…そなたが人としての命を、終える事になろうとも…か?」

エルザータ「例え…全てを絶つことになろうとも。是非に。」

リビア「ほほほ。悪い話ではないのぅ。気に入ったぞ、エルザータ。

    至高の愛を持ちながら、その全てを砕かれた哀しき女よ。

    血塗られた道を行くのならば、その体では少々荷が重い。

    有難く思え。そなたに、この南の主リビアの傷跡を…与えよう。」

ナレーター「次回、魔性の傷跡第17話。ご期待ください。」

fin   

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