四国会議の結果、ディルスの開国は議決となった。

しかし、その席でクラリオン代表のツドイはある条件をラセルに突きつける。

「ラセル王及び関係者には、我が国にご来訪いただきたい―」




魔性の傷跡 第15話 『鮮血の鯨』

魔性の傷跡
第15話 『鮮血の鯨』

【登場人物】♂4♀3
ヨミ(24歳)♀:白銀軍副長
ツドイ(35歳)♀:クラリオンの元帥。
リザイア(18歳)+ナレーター♀:マリーガルド国の姫。ラセルのはとこ。
ラセル(26歳)♂:ディルス国の若き王。
エメダ+盗賊A(42歳)♂:ウェルナン国の大臣。
シルキィ(28歳)+盗賊B♂:ディルス国の将軍。「白銀軍」を率いる。
スーラ+盗賊C(88歳)♂:ディルス国の宰相。



【役表】♂4♀3
ヨミ
ツドイ
リザイア+ナレーター
ラセル
エメダ+盗賊A
シルキィ+盗賊B
スーラ+盗賊C

【武具倉庫】
※クラリオンから武具が数個届いている。
ヨミが鎧をまとい、剣をかまえているところにシルキィが入ってくる。

シルキィ「おお、届いたか。結構似合うじゃないか。」

ヨミ「えへへ〜♪」

シルキィ「それで、その鎧はいくらなんだ?」

ヨミ「4000万コード♪」

シルキィ「え?」

ヨミ「4000万コード♪」

シルキィ「・・・家が買えるじゃないか。」

ヨミ「この剣はいくらでしょ〜?」

シルキィ「6000万くらい・・・するのか?」

ヨミ「惜っし〜い!1億2000万コードでした♪」

シルキィ「どこが惜しいんだ!」

ヨミ「2倍したら1億2000万ジャン☆」

シルキィ「いくらなんでも高すぎるんじゃないのか・・・」

ヨミ「ぼったくられてるのかねぇ?」

ツドイ「ヨミ殿、大きな声で人聞きの悪いことを言わないで頂きたい。」

ヨミ「ひゃっ、ツドイ元帥!」

シルキィ「ツドイ元帥・・・しかし、いくら魔術をほどこした武具とはいえ・・・この価格は・・・」

ツドイ「同盟国限定の友好価格ですよ。赤字ギリギリです。」

ヨミ「これでぇ!?」

ツドイ「使っている素材の価値や、技師の労力をおわかりいただければ、決して高いとは言えませんよ。」

シルキィ「確かに・・・触ったことのない感触ですね、この素材は?」

ツドイ「オレイカルコスと言います。」

ヨミ「おれいかるこす〜?」

ツドイ「とても貴重な金属です。」

シルキィ「金属?これが?」

ツドイ「はい。」

ヨミ「少し透けてるけど大丈夫なんですかぁ?」

ツドイ「ええ、透明性は補助魔法に有用です。
  
    物理的強度もマリーガルドの防具と遜色ありませんよ。」

ヨミ「そうなんですかぁ。」

ツドイ「ヨミ殿、素材以外には何か感じませんか?」

ヨミ「ん〜・・・」

シルキィ「どうだ、何か感じるか?」

ヨミ「少し暑い〜?」

シルキィ「おいおい。」

ツドイ「正解です。」

シルキィ「え?」

ツドイ「様々な魔術を幾重にも重ねてあるから放熱しているのです。

    一つの武具を作るのに10名の技師が4月(よつき)かけて術を施します。」

ヨミ「ひゃ〜4か月も!」

ツドイ「クラリオンの技術を結集した自慢の武具・・・

    まさかケチな考えで値切ろうなどとはなさるまい?

    ディルス最強騎士団、白銀軍(しろがねぐん)筆頭シルキィ将軍殿?」

シルキィ「・・・」

ツドイ「おっと、そろそろ4国会議(よんごくかいぎ)の時間だ。失礼。」


(ツドイ退室)


シルキィ「ふー・・・」

ヨミ「こっわいねぇ、ツドイ元帥って。目力あるっていうか。」

シルキィ「あれではとても値切れない。(ため息)俺に商才はないな・・・」

ヨミ「知ってる〜。」

シルキィ「くっ。」

ヨミ「そういうのはスーラ様にまかせたほうがいいって。」

シルキィ「それもそうだな、宰相様なら・・・きっと上手くやってくれる。」



ナレーター「約束の1月(ひとつき)が経ち、再び四国会議(よんごくかいぎ)は開催された。

      マリーガルドは賛成、ウェルナンは反対のまま、意見を変えなかった。

      帰国を理由に回答を延期していたクラリオンは賛意を表し、ついに開国は議決となった。

      しかし、その席でクラリオン代表のツドイはある条件をディルスにつきつけた。」



【会議室】

スーラ「ツドイ殿、今、なんと・・・」

ツドイ「ですから、開国には賛同致しますが、その前にラセル王及び関係者には

    我が国にご来訪(らいほう)いただきたい・・・と申したのです。」

スーラ「この切迫した状況で、国を留守にせよとは少々酷なこと・・・」

リザイア「そうですわツドイ様、同盟国ならディルスの状況もご考慮なさっては如何です?」

ツドイ「考慮しろとおっしゃるのなら、我らクラリオン人の心痛も考慮していただきたい。」

スーラ「それは重ね重ね申し上げておりますが」

ツドイ「レイス様は!クラリオンの王位継承(おういけいしょう)候補者(こうほしゃ)だった。」

リザイア「レイス様のお怪我の件は、ディルスの責任ではありませんわ。」

ツドイ「果たして本当にそうか?マリーガルドの姫君。」

スーラ「ディルスは何度でもお詫び申し上げますじゃ。しかし」

ツドイ「詫びなど必要ありません。何もそちらに否があると申しているわけではないのです。」

スーラ「ほぅ。」

ツドイ「レイス様の痛ましい姿をご覧になったエルザータ王妃のお気持ちをお察しいただけまいか?

    愛娘であるアルトレア姫を早くに亡くされ、生まれ変わりと見まごうばかりのレイス様をご養子にいただき、

    大切に、愛情深くお育てになって13年・・・あと一歩で正式に即位出来たものを、この仕打ち。」

エメダ「確かに、あの重態では即位は難しいでしょうな。」

ツドイ「運命とは、かくも惨(むご)きものか。エルザータ様のお心を、どうかディルスの誠意をもってお慰めいただきたい。」

エメダ「・・・ディルスは事の仔細を説明するのが筋。クラリオンに出向いてしかるべき・・・と私も思いますな。」

スーラ「う〜む、これは手厳しい。ディルスの思いは度々表しているつもりでしたがのぅ。」

ツドイ「思いというのは、面と向かって言葉を交わしてこそではありませんか?

    このまま思いのすれ違いを修復せずに、真に同盟国と言えるでしょうか?」

スーラ「う〜む・・・」


(ノックをしてラセル入室)


リザイア「あ、ラセル様!」

ラセル「会議中すまないが、だいぶ時間がおしているようだぞスーラ。」

スーラ「申し訳ございませぬ。」

ラセル「これ以上長引くようならば、ここで頭を抱えていても仕方ないだろう。日を改めよ。」

スーラ「かしこまりました。」

ツドイ「マリーガルド、ウェルナン代表のお二方にはお時間取らせて申し訳ありませんでした。」

リザイア「いいえ。大切な事ですわ。」

エメダ「かまいませんよ。」

スーラ「それでは皆様長い時間お疲れ様でした。

    この度の会議にて各国の表意が出そろいました。

    賛成国3、反対国1・・・従って開国は決定とあいなりました。

    以上を持ちまして、四国会議を終了致します。」



(ツドイ、エメダ、リザイア退室)

(ラセル、スーラ、残って話しこむ)


ラセル「なるほど。そういう事か。」

スーラ「こればかりは、代理の者ではクラリオンが納得しませぬ。

    一度ラセル王にご訪問いただくしかないかと。」

ラセル「関係者も、だろう?」

スーラ「そう申しておりましたな。」

ラセル「・・・という事は当然ルティアも・・・だろうな。」

スーラ「そのようで。」

ラセル「ツドイ元帥もなかなかやるな、あの若さで元帥まで上り詰め、スーラを唸らせるとはな。」

スーラ「老人はいたわっていただきたいもので。しかし王よ、どうなされますかな?」

ラセル「今、国を留守にするのは気がひけるが・・・仕方ない。こればかりは呑もう。

    レイスの事は遅かれ早かれ直接説明しなければと思っていた。」

スーラ「出来るだけ早くお戻りいただけますよう。」

ラセル「わかっている。だが、今は全戦力を国内に集結させているから、大抵の事態には対応出来るだろう。」

スーラ「そうですなぁ、白銀軍(しろがねぐん)も戻っておりますから。

    ただし、魔性さえ現れなければ・・・ですが。」

ラセル「その魔性に対抗するためにも、クラリオンには協力してもらわなければ。」

スーラ「そうですなぁ。」

ラセル「俺が戻るまでに、全軍が魔術講習のカリキュラムを終えるようにしておいてくれ。

    ディルスの兵士達はどの国にもひけをとらない強豪だが、それは剣技での話。魔術においては素人だ。」

スーラ「かしこまりました。ラセル様も稽古だけでなく、どうぞ魔術のお勉強にも励まれますよう。」

ラセル「馬鹿にするな、俺はもう第6課程まで終わったぞ。」

スーラ「ほぉ。お見事!して、もう魔法は使えるので?」

ラセル「・・・いや。」

スーラ「ほぉ〜。」

ラセル「どうもクラリオンとは気が合わない。俺は書物を読むより実践して学びたいんだ。

    なのに成り立ちから歴史からくどくどと・・・これでは使えるようになるのはどれ程先の事か!」

スーラ「ふむ、お気持ちはわかりますが、阿呆だと思われたくなくば、人前では口にせぬことですな。」

ラセル「わかってる。しかし気ばかりが急く。」

スーラ「お若いですのぅ。」

ラセル「考えればクラリオンに行けるのはいい機会かもしれない。

    机の前でじっとしてるのは性に合わない。初歩の魔術くらいは使えるようになって帰ってくるさ。」

スーラ「それは良い心がけですじゃ、ほっほっ。」


【城内廊下】

リザイア「エメダ様!」

エメダ「リザイア姫・・・」

リザイア「会議、お疲れ様でした。」

エメダ「本当に疲れましたね。それに私はこのザマでは・・・国に帰るのが憂鬱で仕方ありません。」

リザイア「開国をご不満に思われているでしょうけれど、きっと悪いことばかりではないと思いますわ。」

エメダ「そうでしょうか。」

リザイア「ええ。開国をすることで、きっと私達は更なる成長を遂げられるのです。」

エメダ「何故、成長しなくてはならないのです。何故、今の平和を維持しようとしないのです・・・」

リザイア「スーラ様がおっしゃっていたじゃないですか、

     平和であり続けるためには努力が必要なのですわ。」

エメダ「リザイア姫。ウェルナンは・・・あなた方のように強くないのです。」

リザイア「そんなご謙遜をなさらないで。」

エメダ「謙遜でもなんでもありません。本当の事です。」

リザイア「・・・大臣ともあろうお方が、何故そのようにおっしゃるの。」

エメダ「ウェルナンは元々、強い国ではありませんでした。

    そして、この数十年は・・・恵まれすぎました。」

リザイア「恵まれすぎた?」

エメダ「強き同盟国に守られ、作物は豊かに実り・・・

    その安心感からか国民は、自らを鍛え高めることを忘れてしまったのです。」

リザイア「ですから、今こそ・・・」

エメダ「誰もかれも、今の平和が『自分の生涯さえ続けばいい。』と望んでいる。

    王すら年老い、肥え太り・・・ウェルナンの緩(ゆる)やかな衰退を望んでいるのです。」

リザイア「それ以上はお止めください、貴方自身がウェルナンを侮辱しています。」

エメダ「・・・・・・失礼、しゃべりすぎました。」

リザイア「いいえ。・・・なんだか初めて、エメダ様の本当のお気持ちを聞けた気がしましたわ。」

エメダ「そうですか?」

リザイア「会議ではずっとお怒りのご様子でしたから。ちょっと怖かったですわ。」

エメダ「そうですか・・気を張り詰めてしまって・・・。

    いやぁ、全く・・・お恥ずかしい。普段はこんなものですよ。

    それに・・・その、リザイア姫があまりにお美しいので。(少し赤くなる)」

リザイア「まぁ。ご冗談を。」

エメダ「じ、冗談など言ってません。それに、なにか・・・この一月でぐっと大人っぽくなられたような・・・」

リザイア「ふふっ。髪型を変えたからでしょう。」

エメダ「そのように結い上げられた髪型も・・・とても、とてもお似合いです。」

リザイア「そんな風に言ってくださるのはエメダ様だけですわ。」

エメダ「そんな馬鹿な!リザイア姫のような方を世の男が見過ごすはずがありません!」

リザイア「・・・そうだと、良いのですけれど。」

エメダ「そうですとも!姫ならばどのような男でも」

リザイア「やめてください。」

エメダ「・・・どうされました?」

リザイア「いえ。」

エメダ「なんだか顔色がお悪い。」

リザイア「ちょっと体を冷やしすぎましたわ。エメダ様、私これで失礼致します。」

エメダ「大丈夫ですか?部屋までお送り致しますよ。」

リザイア「いえ、結構ですわ。」

エメダ「そうですか?」

リザイア「お気持ちだけ・・・。ありがとうございます。」


【シルキィ邸宅】

ヨミ「シルキィー、ごはん出来たよ〜。」

シルキィ「あぁ、あと3ページやったら行く。先に食べててくれ。」

ヨミ「どこまで進んだの〜?」

シルキィ「やっと第6課程までだ、ここがどうも頭に入ってこなくてな。」

ヨミ「どれどれ〜、ああ。これかぁ。だから、発動時に印(いん)を自動判定するには

   一度呪文を再構築してから書き戻す必要があって、これには補助が必要なんだけど

   クラリオンがサポートしているアプサード及びダグラスから中継補助を受けて、

   印(いん)と作成中の呪文とタイムラグがないように、

   動作控除(どうさこうじょ)が出来るってことなんだけど。

   遠距離の実戦には対応中で、ボディアルが現在のアプサードやダグラスをサポートしたら

   呪詛(じゅそ)を再度書き換える・・・ってことでしょ。」

シルキィ「ああああ、ますますわからなくなった!」

ヨミ「えー、ごめん。」

シルキィ「大体俺は早く実践的な事をやりたいのに、いつまで書物と向き合ってなければならないんだ・・・

     これでは魔性に対抗できるのは一体どれ程先の事か!」

ヨミ「うーん、気持ちはわかるけど。恥ずかしいから人前では言わないでね。」

シルキィ「そう言うヨミはどこまでやったんだ?」

ヨミ「一通りは終わったよー。」

シルキィ「お、終わった?」

ヨミ「うん〜。」

シルキィ「終わったって、13課程を全部か!?」

ヨミ「うん〜。ざっとだけど。」

シルキィ「ざっとでも終わったのか!?・・・俺は・・・寝ないでやってるんだぞ。」

ヨミ「ふっふっふっ。速読はリズムだよ♪」

シルキィ「それでヨミは頭にも入ってるからなぁ、くそー。」

ヨミ「私はシルキィと違って天才剣士じゃないからね〜、日々の努力なのですよ。」


(ノックの音)


シルキィ「こんな時間に誰だ?」

ヨミ「はーい、どなたですかぁ?」

スーラ「夜分すみませぬ、スーラですじゃ。」

ヨミ「スーラさま!?」

(ヨミ、扉を開ける)

スーラ「ほぉ〜、寒い寒い。」

ヨミ「どうぞ、入ってください。」

スーラ「突然にすみませぬなぁ、お茶などご用意いただかなくても結構ですぞ。」

ヨミ「・・・紅茶しかないですけど。」


(テーブルの上の紅茶を新しく出したカップに注ぎ、スーラに出す)


スーラ「ほぉ〜、ありがたや。今夜は一段と冷えまする。」

シルキィ「スーラ殿、こんな時間にどうされました?何かあったのですか?」

スーラ「いや、なに。事件という話ではないのですがな、明日の夕刻までに準備いただきたい件が出来ましての。」

ヨミ「明日の夜まで?」

シルキィ「クラリオンからの武具の件でしたら、予定通り届いてますよ。

     明日にもお伝えするつもりでしたが

     値下げ交渉をスーラ殿にお願いしたいと思っていたところです。」

スーラ「いや、武具の件はすでに確認がとれておりまする。これは別件ですじゃ。

    少しでも早くお耳に入れていただいた方が、お二人の都合がつくと思いましてな。」

シルキィ「都合?一体何ごとですか?」

スーラ「実はヨミ殿にラセル様からお願いがあるのですじゃ。」

シルキィ「ヨミに?私ではないのですか。」

スーラ「こればかりは、シルキィ殿にはお願いできませぬ。ほっほっ。」



ナレーター「翌日の夜更け、ディルスからクラリオンに向けて一台の馬車が慌ただしく出発した。

      馬車に乗っているのはラセル王とツドイ元帥、その他関係者数名。

      最低限の荷物だけを乗せた馬車を見送り、宰相スーラとシルキィ将軍は

      その影が見えなくなるまで立ち尽くしていた。」


シルキィ「こういうことですか。」

スーラ「さみしくなりますなぁ、シルキィ将軍。」

シルキィ「いえ、武人の定めです。」

スーラ「素晴らしいお心がけですじゃ。」

シルキィ「ヨミも白銀軍(しろがねぐん)副長。必ずや任務を滞りなく遂行致します。」

スーラ「冬の夜は長いですからのぅ。危険な獣や賊も出るかもしれませぬ。」

シルキィ「その点はご安心ください。」

スーラ「頼もしいですな。ラセル様も白銀軍には絶対の信頼をおかれているからこそ、ご同行者にヨミ殿を選ばれました。

    なにせ、あのルティア殿のお側におこうとおっしゃるのですからのぅ。」

シルキィ「ラセル様の想い人・・・」

スーラ「王はあの年にして未だ独身、そろそろ縁談を固めたいところですなぁ。」

シルキィ「同盟国から度々お誘いはあったと聞いていますが、全て断ったとか?」

スーラ「あの時は断った方々へのフォローに苦労しました。

    最近は老賢院(ろうけんいん)も諦めておりましたわい。ほっほっ。」

シルキィ「ルティア殿と言えば、目が覚めるような美女・・・王は理想が高かったのですね。」

スーラ「確かにルティア殿の美貌は類を見ませぬが、王がそれに魅了されたとは思いませぬ。

    シルキィ殿、ラセル様は最近どこか変わられたと思われませぬか?」

シルキィ「・・・言われてみれば、穏やかになられたような。」

スーラ「ご明察。昔のラセル様は、早く一人前の王らしくあろうと気を張り詰めておられた。

    顔は強張り、言動は威圧的で我らも困り果てておりました。

    しかし最近は随分王らしくなられた。まぁ、まだ短気で子供じみたところもありますがな。」

シルキィ「ふふっ。」

スーラ「ルティア殿は、ラセル様の心を和らげておりますじゃ。

    ルティア殿に出会ってからの王は明らかに今までより成長しておられる。」

シルキィ「心を和らげ、成長を促す・・・それはすごい女性ですね。」

スーラ「激情に駆られた色恋沙汰はあまり良い結果を招かぬもの。

    しかし今のラセル様は至って穏やかですじゃ。

    そしてキチンと前を見据(みすえ)ておられる。

    ルティア殿の身分はどうあれ、私はこの恋を応援したいと思っておりますじゃ。」

シルキィ「それは私も同じ気持ちです。」

スーラ「しかし・・・シルキィ殿も、そろそろ身を固めてもよいかと思いますがのう。」

シルキィ「おっと。これはとんだ火の粉が飛んできた。」

スーラ「ほっほっ。人の事は言えませぬなぁ。」

シルキィ「そうですね。王に先を越されぬよう頑張ります。」


【馬車の中】

(ツドイ、ヨミ、ラセル、ルティアが乗っている。ルティアは眠っている。)

ヨミ「ラセル様。ルティアさんのお世話役、私なんかで良かったんですかぁ?」

ツドイ「愚問ですね。それはヨミ殿の働き次第、王に聞くことではないでしょう。」

ラセル「ツドイ元帥、ヨミは俺に聞いたんだ。なぜ貴方が答える。」

ツドイ「失礼。白銀軍副長の座についておられるお方が『私なんか』などと

    相応しくない言葉を使われたのでつい。」

ヨミ「うぅ、すみません。」

ラセル「ヨミは大変優れた戦士だが、どうも自信がないタチでね。あまりいじめないで欲しい。」

ヨミ「ラセル様、そんなぁ。」

ツドイ「シルキィ将軍といえば、たいそうな美男子ですね。

    あの若さで将軍の座についておられるのも非凡な才があっての事でしょう。」

ラセル「シルキィはディルス随一の剣士です。彼になら安心して留守をまかせられる。」

ツドイ「ヨミ殿はシルキィ将軍と恋仲だとか?」

ヨミ「・・・はいぃ。」

ツドイ「そうですか。それは幸運な事ですね。彼ほどの人間なら王族にすら引く手数多でしょうに。」

ラセル「ツドイ元帥、静かにしていただけませんか?ルティアが寝ていますので。」

ヨミ「・・・」

ツドイ「長い夜になります、会話を楽しみたいではありませんか。」

ラセル「悪いが、俺も眠くなってきた。休ませてもらいます。(腕をくみ、目を閉じる)」

ツドイ「・・・ククッ。」

(沈黙の時が流れる)

ツドイ「ヨミ殿は眠らないのですか?」

ヨミ「あっ、はい〜。任務中はあんまり眠くならないんです。いつ賊が襲ってくるともわかりませんので。。」

ツドイ「そう固くならないでください。」

ヨミ「は、はいっ。」

ツドイ「ますます固くなられるとは。そんなに私が怖いですか?」

ヨミ「えっと。。」

ツドイ「ククッ・・・。ディルス人は顔に出やすいようだ。」

ヨミ「あの・・・ツドイ元帥は、とてもお強いですね。」

ツドイ「なんです、急に?」

ヨミ「心身共に鍛えられているのが良くわかります。私は魔術の事はわからないんですけど

   肉体だけでもシルキィと同じくらい強くて。すごいです。」

ツドイ「おやおや、あなたとて非力な女の子ではありますまい。

    度を過ぎた謙遜は慇懃無礼(いんぎんぶれい)だ。

    それに、弱気な人間はつけこみやすい。私のような者はそこをねらっている、気を付けられよ。」

ヨミ「ふふっ。ツドイさんてホントは優しいんですね。」

ツドイ「なっ・・・」

ヨミ「もちろん私も鍛えてますから、腕っぷしにはそれなりの自信があります。」

ツドイ「それは良かった。」

ヨミ「えへへ。でも見てください、この腕。」

ツドイ「・・・鍛え上げられた腕ですね。」

ヨミ「ちょっとヘマすると、すぐ一生モノの傷がついちゃうんです。私はすぐヘマするので体中こんな感じで。」

ツドイ「戦士の勲章ですね。」

ヨミ「はい。でもたまに・・・たまにですけど、ちょっとだけ悲しくなります。

   ツドイさんが言った通り、シルキィはすごくカッコよくて、強くて、それに優しいんです。

   でも私は美人でもないし、体中傷だらけだし、肌なんか日に焼けてるし・・・」

ツドイ「容姿を気にしろと言われたのですか?」

ヨミ「そんな事は言わないです!でも・・・こんなんじゃ・・・

   ・・・シルキィに釣り合わないなって。」

ツドイ「・・・無い物ねだりをしても仕方ないでしょう。」

ヨミ「・・・はい。」

ツドイ「やたらと髪が長いのは、そういうわけですか。」

ヨミ「うっ。。」

ツドイ「ディルス人は本当に顔に出やすい。」

ヨミ「あ・・・!」

ツドイ「どうしました?」

ヨミ「・・・2、3、4、5・・・・・」

ツドイ「ヨミ殿?」

ヨミ「6、馬が6頭。荒っぽい乗り方・・・武骨な装備。盗賊です。」

ツドイ「盗賊?」

ヨミ「ラセル様、ラセル様。」

ラセル「・・・ん。なんだ。」

ヨミ「お休みのとこすみません、盗賊です。密かにこの馬車をつけてます。」

ラセル「数は?」

ヨミ「6頭です。」

ラセル「少ないな。」

ヨミ「多分この先のミンシアの森で仲間が待機してます。前後から襲いかかるつもりだと思います。」

ラセル「そうか・・・ならば、今ここで迎え撃った方が良いな。」

ヨミ「はい。」

ラセル「ヨミ、やれるか?」

ヨミ「もちろんです♪」

ラセル「よし。ツドイ元帥、馬を止めてくれ。」

ツドイ「・・・承知。」



ヨミ「(馬車から降りる)よいしょっと。」

ツドイ「(馬車から下のヨミへ)本当に一人で大丈夫ですか?」

ヨミ「まかせてください〜♪」


【馬車の中】

ツドイ「ラセル王。彼女は何故、盗賊の具体的な人数までわかるのですか?」

ラセル「ヨミはすごく耳がいいらしい。

    馬の足音、鎧の振動、人の呼吸、心拍、あらゆる音を聞き分ける。

    音楽家の血筋らしいが、詳しくは俺もしらない。」

ツドイ「・・・それは耳が良いとか悪いとかいう話ではなく、驚異的な能力です。」

ラセル「(笑って)確かにな。」


追ってきた盗賊団(全員馬に乗っている)
暗闇の中に佇むヨミを見つける。

盗賊A「おい、なんだぁ?ありゃ。」

盗賊B「女に見えるな。」

盗賊A「んなのは見りゃわかんだよ!なんで馬車が突然消えたと思ったら女が一人だけいるんだよ。」

盗賊B「俺に聞くなって。」

盗賊C「俺たちに気づいて一人だけ置いてったんじゃねぇか?」

盗賊B「まさか、なんで俺たちに気づくんだよ。」

盗賊A「じゃあ、あの女なんだよ。」

盗賊B「幻じゃねぇの?」


ヨミ「おっ、きたきた〜。まってたよ!」


盗賊C「やっぱ女じゃねぇか。」

盗賊B「生贄のつもりか?」

盗賊C「くはっ。それいいな!俺たちに若けぇ女の生贄とはわかってるなぁ!」

盗賊A「がはは、ちげぇねぇ!」

盗賊B「たまんねぇなぁ!」


ヨミ「1,2、3、うんやっぱ6頭だね。」


盗賊A「おい、ねーちゃん、あの上等の馬車から降ろされたのかーい?」

盗賊C「俺達ブラッディホエール団への捧げ物にされちまったのかーい?」

盗賊B「気の毒になぁ。がははは!」

ヨミ「ううん。自分で降りたよ。」

盗賊C「あぁん?なんだぁ?キチガイか、このねーちゃん。」

盗賊B「うっえー。いっきになえたぜー!」

盗賊A「おい女、あの馬車はどこいった?」

ヨミ「転移術でちょっと離れたとこに飛ばして、待っててもらってるんだよー。」

盗賊B「なに言ってんだあ?」

盗賊C「やっべ、まじでイカレてやがるこの女。」

盗賊B「めんどくせぇ、いいからとっととひっつかまえちまおうぜー!」

盗賊C「そうだな、んじゃまずは足つぶすぜー。

    俺様のスパイラルアローをくらいなってな!おらっ!(3本同時に射る)」

ヨミ「ほ、ほ、ほっと。」

盗賊C「何ぃっ!?」

ヨミ「スパイラルアローおそっ!ネーミングセンスもゼロっ♪」

盗賊B「ぎゃはは!」

盗賊A「おい、馬鹿!お前何遊んでんだよ。本気だせって。」

盗賊C「え・・・あ・・・」

ヨミ「んじゃあ、そろそろ・・・こっちからも行くよ〜ん☆」


ラセル「でもヨミの才能は音を聞き分けることだけじゃないんだ。」

ツドイ「というと?」

ラセル「ダンスが上手い。」



盗賊B「おらあああああっ!」

ヨミ「2、3、4、234・・・」

盗賊C「はあああああああああ!」

ヨミ「556、789・・・」

盗賊C「くそっ、ぜんぜんあたんねぇ。」

盗賊A「おい女相手に何てこずってやがる!こっちは何人だと思ってんだ!」

盗賊B「だって見ただろうがよ!?クネクネクネクネ信じらんねぇ体勢で避けやがるんだ!」

盗賊C「あいつ骨あんのか?」

盗賊A「言い訳なんざききたくねぇよ!いっきにやっちまえ!」



ラセル「ヨミの柔らかい体と、流れるような剣戟(けんげき)を生かした剣技は音楽を作り

    時に舞(まい)を踊っているようにすら見える。

    多人数を相手にした時なんかは・・・本当に見物だ。」

ツドイ「剣舞(けんぶ)・・・ですか。」

ラセル「ああ、それはヨミにピッタリの言葉だな。剣舞、剣の舞(つるぎのまい)。」


盗賊B「ふざけやがってえええ!」

ヨミ「ふぁんでう、ふぁんでう、ファンデウ〜!」

盗賊B「(直撃)ぐあああああああ!!!!!」

盗賊C「てんめぇえええ!よくも俺の兄貴をぉおおお!!!」

ヨミ「そうなの?ごめんっ!」

盗賊C「血の池地獄で懺悔しやがれ!ブラッディ〜〜アローっぅ!!!!」

ヨミ「ほ・ほ・ほっと。」

盗賊C「なにぃ!?俺様の最終奥義ブラッディアローすらも」

ヨミ「悪いけど、そういうネーミングセンスの技にはやられてあげないっ!(斬る)」

盗賊C「ぎゃあああああああ!!!!!」

ヨミ「最後の一人になっちゃったね、あなたがお偉いさんだよね?」

盗賊A「くそおおっ。なんで、ブラッディホエール団がこんな女一人に・・・」

ヨミ「あの馬車に誰が乗ってるか知ってる?」

盗賊A「しらねぇよ、上等な馬車だから上等な荷物があるだろうと思ってよ。」

ヨミ「そっかぁ。目のつけどころはよかったねぇ。でも、実力不足だ。」

盗賊A「クソアマ!なめてんじゃねぇえええ!!!!(斬りかかる)」

ヨミ「(かわし、斬る)・・・騎神のご加護を。」

盗賊A「がああああああああ!!!!」



ツドイ「遅い・・・本当に大丈夫ですか?」

ラセル「確かに・・・あのくらいの人数、ヨミならば数分で片付ける。どうしたんだ。」

ツドイ「買いかぶりかもしれませんよ。助太刀に参りましょうか。」

ラセル「いや、出来ればあまり人目に触れないでほしい。

    俺が留守をしていることを諸外国には知られたくないんだ。」

ツドイ「ではこのマントを・・・」

ヨミ「ただ今戻りましたぁ!」

ツドイ「ヨミ殿。」

ラセル「ヨミ、良かった。お前にしては遅かったじゃないか。」

ヨミ「すみません〜、馬車の位置忘れちゃって。音で辿ってきましたぁ。」

ラセル「ふっ、お前らしいな。無事で何よりだ。」

ツドイ「大の男6人を相手に無傷、返り血すら浴びないとは・・・」

ラセル「どうです、うちの白銀軍副長は。」

ツドイ「・・・そうですね・・・素晴らしい人材をお持ちのようで。」

ヨミ「えへへ〜。褒められたぁ♪」

ナレーター「東の空が白みはじめ、クラリオンへの道を急ぐ一向。

      魔法帝国のシンボル十字の水晶が見え始めたのはそれから2日後の事。

      次回、魔性の傷跡第16話。ご期待ください。」

fin

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